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今回は短めです。

 ギシギシと階段の軋む音が夜の宿に響く。

 取り付けられた明かり窓から月の光がおぼろげに差し込む。


「ティト、どう思う?」


 洗脳レベルで相手を操るような敵だ。狐族以外で、そんな芸当ができる人間がいるのだろうか。いたとして、どうやって対処すべきか。


「技術次第で、洗脳は可能でしょう。例えば、薬物を併用すれば狐族でなくとも、専門の知識があれば不可能ではないかと」

「あー。確かに、そりゃそうだ」


 薬物等を使って思考力を極限まで奪うような特殊な状況下に追い込めば、それっぽいことにはなるだろう。

 それは現代社会においても、催眠術やら何やらで真似事は出来る。何も魔法や魔術に限った話ではない。

 それへの対処法なんて、そもそも捕まらないようにしておく、くらいしか思いつかない。まぁ、俺の身体能力やら魔法があれば、捕まった後でもどうとでもできる気はするが。物理的な拘束だったら力ずくでどうにかなりそうだし。それ以外でも魔法でぶっ飛ばせばいけそうだし。うん、余裕余裕。


「この世界に、そういった薬物はありふれているのか?」

「まさか。原料の栽培は容易ですが、一般的な用途が限られていますからね。薬品としては流通には乗りません」


 てことは逆に、限られた用途のために、栽培されている可能性は十分にあるよな。裏の流通に乗っている可能性だってある。

 原料やら薬品自体の流通を調べれば、何か進展でもあるか? 洗脳のための薬品が流通している場合は、さすがに親父さんの情報網に引っかかるだろうが、原料の方であればあるいは。

 もしくは、薬品としては流通に乗らないだけで、食料であるとか観賞用であるとか、全く別の形態で取引されている可能性もあるよな。


「じゃあその原料って、何だ。ここらで自生するようなものだったりするか?」

「ユキ様もお持ちではないですか。リリーリップスですよ」

「え」


 滋養強壮作用がある植物、だよな。単体での摂取は有害だけど、親父さんもフローラに使うくらいには、ありふれている植物なわけで。

 いやまぁ、そうか。普通に流通してる植物なら、わざわざ依頼として出す必要もないものな。その辺で買えば良いだけだ。

 毒と薬が紙一重というのなら、毒のほうの使い方で、人を洗脳できるわけか。酷い話だ。


「となると、リリーリップスの流通経路を調べれば……いや、流通はしないんだったな。依頼か何かの出所を調べれば、集めている人物には当たるわけか」

「武器や所持品などを量産品で揃え、身元を知られないようにする周到な相手が、そこを抑えないなどということはないのでは。適当な人間に報酬をちらつかせ、中継点として利用する、くらいはしていると思いますよ」

「……ですよねー」


 そしてトカゲの尻尾きりとして使われるなり、口封じするなりして、結局は本体に届かないってか。

 手掛かりになりそうでならないことばかりだ。

 ちくしょう。どうにも頭を使うのは苦手だ。妄想の中とは違うからな。冴えたやり方なんぞ、そう簡単に思い浮かぶはずがない。

 そもそも薬物を使っているかどうかも不明なんだしな。洗脳の手段として、薬物の可能性があるってだけで。

 よくよく考えてみれば、何か希少な魔道具を使っているという線もありえるわけだし。

 俺達が知らないだけで、洗脳特化の特殊技能をもった、狐族以外の種族がいる可能性だって十分にある。

 可能性だけ考えれば、まだまだ山のようにあるだろう。


「下手な考え、休むに似たりってか」


 情報が少なすぎる。こんな状況では何を考えても無駄になる。新情報が出てくるたびに、考察をやり直すのも面倒だ。

 今は考えるよりも、実際に動くべきだな。証拠を集めていかなければならない。具体的にはカメラの確認とか。

 大きく息を吐いて頭を切り替える。現状、一足飛びに事件解決なんて不可能なのだから。

 扉の前に立つ。寝ているフィルを起こすのは忍びない。

 そうっと扉を開けて、中に滑り込む。パタン、と静かな音が鳴る。

 フィルは……とベッドを見ようとすると、腹部に柔らかい衝撃。

 何事かと見下ろすと、フィルが抱きついていた。顔をぐりぐりと腹に押し付けてくる。

 じんわりとした熱が伝わってきて、なんとも不思議な感覚に襲われる。


「お、おう。起きてたのか?」

「……」


 フィルは何も答えない。


「……ヒッ、グス……」


 いや。

 この嗚咽が、答えだ。

 少し考えれば分かることだった。

 いくら疲労が溜まっていたとはいえ、夜に起きる事だってある。

 第一、彼女の抱きつき癖のことを思えば、一人のベッドはさぞ広かったことだろう。

 自分を取り巻く日常がなくなり、家族が離れ、取り残されている自分。

 保護してくれると言った相手はいるが、どこまで信用できるものか分からない。

 そんな状況で、夜に一人きり。


「……悪い、不安しかないわな」


 彼女にとっては、今は俺だけが寄る辺となる相手だ。俺に捨てられてしまえば、彼女の心の安寧は無い。

 そこをもっと自覚しないとな。少なくとも、相手を一人前と見なすと言っているのだから、俺の行動もきっちりと話しておくべきだった。

 優しく抱きしめる。自身の心音を聞かせるように。若干早いけど。これは泣いている女の子相手に焦っているだけであって、決してアレな意味で早鐘を打っているわけではない。断じて。

 手櫛で髪を梳いてやると、少しずつ収まってきたのか、再びまどろんでくる。


「大丈夫。今日はもう出ていかないから、ゆっくり休みな」


 背中をゆっくり、ぽんぽんと撫でながらベッドに運ぶ。

 もう既にがっしりと抱きつかれているが、これはもう仕方ないな。

 今夜中に『思い出の宝石』が中継カメラになるかどうかを試したかったが、明日にしよう。

 暖かいフィルの体温を感じていると、俺もかなり眠くなってきた。

 ティトが俺の肩口から枕元に移動する。


「お休みなさいませ、ユキ様」

「おう。お休み。また明日も色々頼む」


 本当にティトには頼りっぱなしだ。

 フィルの修行に、夜に出かけるのなら認識阻害の術式。

 いやまぁ、フィルの子守を頼むって手もあるんだろうけれど。

 俺自身、ティトが居なきゃ何回か死んでるからな。彼女の危機察知能力は、敵地に行くのならば非常にありがたいものだ。手放せない。


「ふふ。お任せ下さい」


 そういって微笑みながら、彼女がベッドに横たわる。 

 俺もフィルを運び、ベッドに腰を下ろす。

 甘えるように腹に頭を押し付けてくるフィル。細くしなやかな腕は俺の腰に巻かれており、身動ぎ一つしない。

 このまま布団を被ったら、酸欠になるんじゃなかろうか。

 まぁ夏も近い気温だし、フィルの肩までかけてやっていれば大丈夫だろう。俺の腹が冷える心配は無いしな。物凄くあったかい。というかむしろ暑い。

 フィルの頭を撫でながら、段々と意識が落ちてくる。

 明日やるべきことは色々とあるが、今はとりあえず、寝よう。

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