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森を出た時には日が暮れていた。
衛兵のいる門から街に入ると、そこにはまず冒険者の集団が屯している。
大体が今日一日生き延びたことと、それぞれの手柄を自慢すること、そして明日の栄光と今晩の食事について話し合っているようだ。
どうやら門の近くには冒険者用の宿があるらしい。ずいぶんと大きな施設に、何グループもの冒険者が入っていく。
おそらく、門から敵が侵入したような緊急時には、この宿から多数の冒険者が飛び出していくのだろう。
見るからに屈強そうな戦士風の男や、とんがり帽子を被った女や、厚手のローブを纏った男、弓を背負ったエルフ……いや、森人だったか。多種多様の人族が夕闇に溶ける街を歩いている。
昼間はこんな活気はなかった気がするが、この街の別の顔を見た気がする。
冒険者向けに串焼き肉を売るような露店や、手入れの道具を売り出す店を通り過ぎ、俺たちは店に向かう。
武器屋や防具屋なんかもそのうち見ていきたいが、まずは先立つものを得なければ。
当面の生活費が工面できてからでなければ何もできない。
幸い寝る場所はあるわけだから宿代で困るようなことはないが。
両開きの扉を押し開け、キィキィと鳴る音を呼び鈴代わりに店内に入る。
昼間とは違って活気にあふれた様子だ。そこかしこで屈強な男達が杯を交し合っている。この付近の職人達だろう。
「おう嬢ちゃん。ちと遅いから心配したぜ。魔獣にでも襲われたんじゃねえかってな。依頼の方はどうだ?」
軽く言っているが、おっさんの顔はこちらを気遣っている。
飯とのことといいこの口振りといい、見た目とは裏腹に良い人だ。
「ああ、しっかり取ってきたぜ。ついでに解熱と痺れ消しと傷薬の原料も取ってきたんだが、どっかで買い取ってくれる所を知らないか?」
「おいおい、まずは解毒草がしっかり揃ってるかどうかの確認だ」
薬草袋を開け、大量にある他の薬草を横に置き、解毒草の検分を始めるおっさん。
ものの一分もしないうちに終わったのか、二カッと笑みを浮かべ
「おう、良い仕事したな嬢ちゃん。こいつなら文句なしだ」
と肩をバンバンと叩いた。
最初は任せられる仕事なんざないとか言っていたくせに、調子の良いおっさんだ。
まぁ、店の信頼もあるわけだから、どこの馬の骨とも知れん奴に仕事は振れないだろうけども。
「あとはコイツも取っておきな」
そう言っておっさんが投げてよこしたのは、金属で作られた小さなプレート。
細かな細工がされているが、特に文字などは彫り込まれていないようだ。
「これは?」
「俺が認めたっつー証みたいなもんだよ。専属契約の証明だと思いな」
問う俺に答えるおっさん。
なるほど。これを見せることで、ある種の身分証明のようになるのだろう。
軽く頭を下げて受け取っておく。
「さて、薬草の買い取りだったな。商業区の方に薬屋があるから、そこに行けばそれなりの値段で買い取ってくれるだろうよ」
そう言いながら、小さな革袋を手渡してくる。中身を確認すると、銀のコインが三枚。うち一枚は小さめのコインだ。あとは銅のコインがじゃらじゃらと。
これがどのくらいの金額なのやら。
革袋をローブの内側に仕舞い、軽く礼をする。
「ところで嬢ちゃん、さっきから気になってたんだが、背中のでかい骨はなんだ」
そうだ。こいつの始末の仕方も聞かないと。
「魔獣が襲ってきたんでな。何とか倒したんだが、どこに持っていけばいいんだ?」
「は、倒したってか。嬢ちゃんが?」
信じられないといった目でこちらを見る。
俺は背中の牙を降ろし、おっさんに渡す。
切り取った断面は黒い。骨だとしても、この黒さはない。
おっさんはじっくりと検分しているようだ。
その間に店内を見回す。
日焼けとはまた違った焼け方をした筋肉質の男達があちらこちらのテーブルにつき、誰それがどこそこの工房の武器を気に入っているだの、どこかの鉱山から新しい鉱石が見つかっただのと、情報交換をしている。
そのテーブルには湯気の立ち上る料理が所狭しと並べられている。
これもおっさんの手作りだろう。おっと腹の虫が鳴きはじめてきた。
「信じたくはねえが、魔獣の牙だな。とても嬢ちゃんがそこまでの凄腕には見えなかったんだが。俺の目も耄碌してきたかね」
「いや、正常だ。俺も妖精がいなけりゃ死んでたよ」
そもそも初めての依頼だしな。レベルで言えば一もいいところだ。強いと思うほうがどうかしている。
「じゃあこいつは報酬だ。あと死体が残ってるなら出来る限り回収してくれ。今回は不意の遭遇で持って帰れなかったんだろうが、魔素の塊ってのは良い素材になるんだ。この牙みたいにウチで買い取る。向こうの連中に持っていってやれば、武器や防具を作ってくれるかもしれねえ」
おっさんは談笑している男達の方を指差す。やはり鍛冶師等の職人なのだろう。
「そいつは良いことを聞いた。また明日にでも残ってたら取ってくるよ」
おっさんから報酬の袋を受け取る。中身は銀のコイン三枚。全て大きいほうのコインだ。誰かの横顔が細工されている。
少なくとも銅まじりの薬草採取の報酬よりは多いだろう。
ホクホク顔でこいつもローブの内側に仕舞う。
しばらくの生活費は稼げたのだろうか。ティトに目で聞いてみる。
「普通に暮らすなら、二月程度は生活できる金額ですね」
「マジかよ。たった一日の稼ぎでとんでもねぇな」
「それだけ魔獣が恐ろしい生き物だということですよ。ただの討伐依頼であれば、どれほど凶悪なものであったとしても、一月分程度の生活費を稼ぐのが限界です。それに今回の収入に関しては、ユキ様がお一人でこなしたことが大きいんです。消耗品の補充などもありませんし」
ああそうか。普通はパーティを組んで、報酬は人数割りだものな。必要経費すら使ってないし。
武器や防具の維持費等も冒険者の大きな出費の一つだが、今の俺には関係のない費用だ。
「で、どうだ嬢ちゃん。今晩の宿は決まってんのか。うちの部屋でよければ空いてるぜ」
「一応寝床はあるからなぁ」
言ってから失態に気付く。専属契約するなら宿もここにすべきか。
「なるほど。先に宿を取ってたんだな。まあ、ここの宿はついでみたいなもんだし、寝心地は悪いし、こいつらがうるせえからな。嬢ちゃんみてえな子には環境が悪いか」
ガハハと豪快に笑う。
よかった。怪しまれなかったようだ。
「なら、飯はどうだ。安くしとくぜ。銅貨三枚でどんな定食でも作ってやるよ」
「マジか! サンドイッチがすげえ美味かったからな! 一番良い定食をこいつの分も頼むよ!」
そう言いながら、先ほどの銅のコインを六枚渡す。支払い、これで合ってるよな?
「言うねえ嬢ちゃん。気に入った、豪華なのを作ってやるよ!」
おっさんが宣言すると、周りの男達が騒ぐ。
「おいおやっさん! 可愛い娘が来たからって贔屓すんじゃねえよ!」
「そうだ、俺らにも特別なのを作れよな!」
「うるっせえ! 手前らみてえなのには、でかい焼き肉で十分だろうが!」
「おっと違ぇねえな!」
店内がさっきまでとは違う雰囲気に包まれる。
アットホームというか何というか。
店主と客が同じように騒いでいる。こういう雰囲気は好きだ。
ティトと目を合わせながら、のんびりと料理を待つ。
どんな見事なものが出てくるか楽しみにしていよう。




