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夜の帳が下りる。
昨日と同様、居心地の悪くなるフィルの修行は終わった。今日も今日とて魔力の方向性を決める修行だそうで、疲労回復方面の呪いの練習をしたそうだ。今日のへばりっぷりから考えれば、それが妥当だろうな。
体を拭かせて、ベッドに横たえれば、もう彼女は夢の中だ。よほど疲労したのだろう。回復の呪いとはいえ、精神的なものまでは癒せない。初めての仕事で気疲れもしたのだろう。
すやすやと寝息を立てていることを確認し、俺は影から黒いローブを取り出し、纏う。
「どうしてわざわざそんな恰好に?」
「いや、だって、闇に紛れられるだろう?」
夜と言えば黒い装束。お決まりじゃないか。
「……いえ、ユキ様がそうお思いならば、何も申し上げませんが」
「言ってよ!? 何か不味かったりするの!?」
だけどいきなり「厨二病くせぇ」とか言われたら立ち直れない自信はあるけどね!
さすがにティトの次の言葉はそういう類ではなかったが。
「月の無い夜闇ならばそれでも構わないとは思いますが、この月明かりでは逆に目立つのでは?」
「え?」
部屋の窓から外を見る。
物凄い月明かりが、皓々と街を照らしていた。というか月でけぇ。
想像してみる。これほどに明るい月明かりの中、黒尽くめの人影がこそこそ歩いている。
「……目立つな」
軽く窓から街を見下ろすだけでも、あちらこちらに人影が見える。酔っ払い共含めて、大量に。
紛れるならば闇ではなく、あれらの酔いどれではなかろうか。
となれば黒ローブよりも、普段着とかの方があるいは……。
「い、いや。影の方を選んで動けば良いんだよ。そもそも今から仕掛ける装置だって、軽い隠蔽工作をするんだから」
「隠れてこそこそ動いて、あからさまに何かしてますよ、という行動を相手に見せるわけですね。この月明かりではさぞかし目立つことでしょう」
痛いところを突かれている。だが、身バレしないように適当な変装をするとして、ローブ以外にまともな服を持っていないんだぞ。黒装束とかでも買っておくべきだったか。
逡巡していると、ティトがやれやれと溜息をつく。
「それほどに悩むほどのことですか? ここには私がいるんですよ? ユキ様自身のお姿を変えることはできずとも、周りの風景を歪ませて、認識を阻害させることくらいはできますとも」
「え、そんなことできたの?」
驚きに目を瞠る。妖精族の秘術とやらだろうけれども、認識阻害って物凄い技術な気がする。光学迷彩ってことだぜ?
「ええ。ですから、もっと頼って下さって良いのですよ?」
そう言って、微笑と共にウィンク一つ。
あ、やばい。何かクラッときた。
「ティトさん、何かキャラ違いません?」
照れ隠しに呟く。顔は明らかに赤いだろうけれど、部屋のランプの明かりに紛れるだろう。
「いいえ。私はもともとこういう性格ですよ?」
「嘘だ!?」
だったらいきなり人を針で刺すようなことはしない!
「……冷たい方がお好みですか?」
スッと目が細くなる。あ、これあかん奴や。
「いいえ、ティトさんは微笑んでいるほうが可愛いです」
ノータイムで発言していた。
命は惜しいものね。ちょっと恥ずかしい思いをするだけで、ティトさんの機嫌が良くなるなら、そっちを選ぶよね。仕方ないね。
「全く。それで、どうされるのですか?」
決まっている。折角、この可愛らしい妖精が申し出てくれたんだ。それに乗っかるとしよう。
「頼らせてもらうよ。俺が下手に何かするよりも、よほど安心できるしな」
「あ、えーと、はい」
急に照れだした。どうした、自分から言い出したことなのに。
訝しんでいると、ティトは慌てて言葉を足してくる。
「そこまで素直に求められるとは思いませんでした」
「俺、そんなに素直じゃない奴だっけ!?」
おかしい。これまで捻くれた行動を取ったつもりは無かったんだが。むしろわりと素直に色々と聞いていた気もするんだが。
ティトの中の俺は一体どんな人物像なのか。気になるが、聞いたら藪蛇になりそうなのでやめておこう。
気を取り直して、行動を開始しよう。
「さあ、そうと決まれば、そんな怪しいローブは脱いで下さい。あとは紛れやすい服装ということでこちらを」
「お、おう」
言ってティトが取り出したのはマリンブルーのチュニックワンピース。宿のクローゼットに入れていたのだが、一体いつの間に持ち出したのやら。
まぁ、色合いとしては、月明かりの中でも十分に潜めるわけだし、変な選択ではない。無論、下にショートパンツは穿かせてもらうが。
言われるままに着替えようと、ローブを脱ごうとしてふと気付く。
「認識阻害させるなら、服装とかどうでもよくね?」
「気付かれました」
おい。おい、ティトさん。
「ティトさん、何で俺に可愛い格好させたがるの?」
「相手の油断を誘うためです」
取ってつけたようにしか聞こえない。それがメインの理由なら、最初から言ってくれれば従ったというのに。
「わりと普段から、ふりふりの服着させたがるよな?」
「相手の油断を誘うためです」
あ、駄目なパターンだこれ。聞いてもらえないパターンだ。
「まぁ、服装くらいで、ティトが機嫌よくやってくれるなら、それで良いけど」
じろじろ見られるのは困るが、そこまで恥ずかしい服装でもない。性質の悪いコスプレと考えれば、やはり恥ずかしくはあるけども。そこを気にしても仕方ないし。どうせ見てくるような人間も、時間帯を考えれば多くはあるまい。
ローブを影の中に仕舞い、再度フィルが寝入っているのを確認し、そっと扉を開ける。
「さて、ここからだな」
殺意感知を発動させ、赤黒い点滅を探す。
方角に関してはもう諦める。少し動けば大体分かるし。混乱はするけど、大体は分かるし。
「……いくつかあるな。何だ何だ、酔っ払いの乱闘か?」
殺意感知に反応する光点は、いくつもある。昨日見たよりも多くなっている気がする。
そういう日もあるのか、別の理由もあるのか。
ともあれ、塊で存在しているところに仕掛けに行くとしよう。
「というわけで、親父さん。ちょっと行ってくる」
出掛けに、カウンターにいる親父さんに声を掛ける。
「何が、というわけで、かは分からんが。気をつけろよ」
「大丈夫だって。俺がそんな簡単にやられるかよ」
「それもそうだ」
クク、と低い笑いを漏らす。
うっわ、凄い堂に入った笑みだ。似合っている。渋いぜ。羨ましい。
俺が同じことをやっても、何かを企んでると思われるか、単にキモがられるかだろうしな。
「昼間の報告もあるが、どうする?」
「あー、帰ってきてからにする。俺の方も、どうせ一発で当たるとは思ってないし」
「そうか。早めに帰ってこいよ。今度は無断外泊なんぞすんじゃねぇぞ」
「父親か」
心配してくれてるのは分かるけれど。俺はあくまで客であって、親父さんの子供じゃないんだ。
流石に言葉に詰まった親父さんを尻目に、俺はさっさと宿を出る。
外は温い風が吹いている。本格的に夏の予感がするな。
「さて、月明かりがあるから、通行の心配をする必要はないけれども」
「どこへ向かわれますか?」
「それな。殺意感知はわりとあっちこっちに反応が出てるんだよ。適当に行くのもいいが、方針があると助かるよな」
近場から探していくか、遠いところへ行くか、方角で決めるか。
迷った時は直感に従うのが、何だかんだで正しいと思うのだが、そうする前にティトから提案が出る。
「東の方に反応が出ているのなら、そちらから見ていくのはいかがでしょうか」
「なるほど。誘拐騒ぎがあったところからか」
アジトがそのまま東の方にあるとは限らないが、誘拐した相手を引きずりまわしながら、遠方にまでは行けないだろう。となればまずは近場に集めておく可能性はある。
そして誘拐された人物が、何の感情も抱いていないとは思えない。殺意かどうかはともかく、反応が出ている可能性は十分にある。
と、なると。
「とりあえず向かっていって、その周辺に反応があれば、そこに仕掛けるか」
影から宝石を取り出す。実際問題、この宝石に覚えた違和感の正体は分かってないが、今は便利だから使っておく。
ただ、宝石は宝石なので、下手な仕掛け方をすると拾われてどこかに持って行かれてしまいかねない。
隠蔽工作として、仕掛けるときに水でも出して、泥とか灰とかをまぶすことにしよう。
「ティト、認識阻害はできてるか?」
「ええ。万全です」
「オーケー。なら行動開始だ」
一直線に走る。無論、身体強化は行っておく。
まずは東の門を目指す。そこから周囲を探り、怪しい場所に見当をつけ、監視カメラ的な機能を持たせた宝石を仕掛ける。
その後宿に戻り、水鏡を製作。カメラと繋げられれば一番良いが、駄目なら明日にでも宝石を回収し、それで確認。
尻尾を捕まえられれば良いが、そう簡単に事が運ぶわけでもなかろう。
長期戦を覚悟しなければならないな。
手っ取り早く、相手から接触があれば楽なんだけどさ。
結構な速度で移動するが、俺を気に留めている通行人は居ない。なるほど、認識阻害か。
俺のことは路傍の石とでも思われているようだ。
走る俺を、青い月明かりが照らす。
夜はまだ長い。一悶着くらいはありそうだが、はてさて。
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