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「フィルさんは才能の塊ですね。非常に教え甲斐があります」
魔力に限界が来たのか、糸が切れるようにポテンと寝てしまったフィルに布団を被せたところで、ティトが語る。
才能の塊か。長生きしているティトをして言わしめるとは。本当に凄いんじゃないか?
「魔力容量もそうですが、呪いに対する理解力が群を抜いています」
「理解力?」
魔力容量は分かる。昨日も言っていたし。しかし、理解力とは曖昧な表現だな。
「端的に言ってしまえば、どこまで出来るか、ですね」
「なるほど、分からん」
「そうですね……例えばですが、治療の呪いであれば、傷や骨折を癒すことが出来ます」
「らしいな。骨折くらいなら治せるとか、前にアマリが言ってたし」
レックスが言ってたんだっけか? どちらにせよ、治療の呪いでできることは外傷の治療だ。
「ではユキ様、骨折とは、どのような症状がありますか?」
「どのようなって、骨折は骨折じゃ……あ」
端的に骨折と言っても、非常に多くの分類がある。それに伴う痛みや、治療法も異なる。
「そうか。理解力か」
自分が受けていない傷を、場合によっては受けたことも無いような傷を癒さなければならない。となると、対象の状態を深く理解する必要がある。呪いでできることを理解する必要がある。
「治療の呪いは、想像し、想定し、症状の完治という結果を導かなければなりません。ここが不完全であれば、治癒にも限界があるわけです。逆に、想定が完璧であればあるほど、効力は著しく高まります」
切り傷や打ち身、骨折などであれば、個々人差異はあれど、被ったことはあるだろう。だからこそ、呪いは発動する。症状が酷い場合は、その症状を想像し、想定する。そうすることで、自分が受けたことの無いほどの大怪我であっても、治療できるというわけだ。
解毒の呪いが、一度毒を受けなければならないというのも納得の行く話だ。
症状を想像しようにも、受けたことが無いならば、正しい理解は得られない。そんな状況で癒そうとしても、正しい結果は得られない。きっと、そういうことだろう。
「じゃあフィルは、もしかすると毒を受けなくても解毒できたりするのか?」
「そうですね。本当に経験が零ならば難しいかもしれませんが、効力の弱いものを一度受ければ、それを元に強い毒であろうと対処できるかと」
「そりゃすげぇ」
俺のアンチドートとか目じゃないくらい、呪い界の革命だろう。あらゆる毒を受けた無毒の王とか過去には居たらしいけど、フィルは毒を受けずに解毒できるんだぜ。これこそこの世界の住人から見ればチートだ。理解力が高いというのだから、きっとどれほど酷い症状であっても癒すことができるのだろう。即死以外。
「しかしそうか。そういう理解力か」
であれば、俺が回復魔法をろくに使えないのも、ある意味当然か。俺自身、そんな大怪我をしたこともないし、人体の仕組みを十全に理解できているとも思えない。そりゃあ勿論、保健だの生物だのの授業で得た知識くらいはあるが、医学に関しては素人だ。どこでどういう反応が起きて人体が構成されているかなどと、理解が及ぶわけがない。
そんな状況で、魔素なんてよく分からないものを直接「ぬんっ」てして傷を治すよりも、薬を塗ったら回復したというほうが、よほどイメージしやすい。
そして俺の魔法は、そのイメージ通りに結果を引き寄せる力がある。時折予想以上の効果になるけれど。
あとはそう、あまり思い出したくないが、唾をつけてれば治るってのも、ある意味それだ。まぁあの時は妖精の秘薬って考えていたこともあるんだろうけど。
「どうかしましたか?」
「いや。俺に回復魔法は向いてなさそうだと思ってな」
どちらかと言えば、回復は薬任せにしたほうが良いだろう。ある程度ならば回復魔法という形にはなるだろうが、今までの実績を考えれば薬を使ったほうが確実だ。
「まぁ、それは置いといて。ティトに教えてもらいたいことがあるんだ」
「私にですか?」
軽く目を見開くティト。驚くようなことかね。
「ティトは俺と会うまで、どうやって害意を持った人間達から身を隠していたんだ?」
中には笑顔を浮かべながら、平然と相手を裏切るような奴も居ただろう。
常に身を隠し続けていたならばまだしも、時折は姿を見られるようなこともあっただろうに。
「どうしてそのようなことを? ユキ様ならば、真正面から叩き潰せるでしょう」
「そうだけど、そういうわけじゃなくてだな」
フィルを守るだけならば、場当たり的な対処でもどうにかなるだろう。
だが、それはつまり事態解決まで、ずっと受け身で居ることになる。
「こっちから出向くにしろ、守るにしろ、敵の場所が分かってた方が便利だろ。魔法でのレーダーの機能を改善したいんだ」
そのために、害意を識別する必要がある。勿論、限度はあるだろうけども。害意も何もなく、機械的に人を殺すような奴とか、突発的な事故とかには対処できないだろうし。
だが、完全に受け身でいるよりも、よほど有効なはずだ。
「見れば分かる、という答えは期待なさってないのですよね」
「そうだな。見なくても、把握したい」
仕方ありません、と溜息を一つ吐くティト。
あれ、何か嫌な予感がする。
瞬間、ティトの顔から表情が消える。
全身が怖気立つ。
慌てて距離を取るが、そう広くはない部屋だ。大した間合いではない。
ティトが相変わらずどこかから太い針を取り出す。
これはヤバイ。何か地雷踏んだかもしれん。
逃げ場を求め、扉に手を付ける。
押し開けようと力を込め――
「なん、で、開かないんだよ!?」
ドアノブはビクともせず、今の俺の力で渾身の力を込めても、微動だにしない。壊れるか砕けるかしても良いだろうに。
そちらに気を取られている間に、ティトはもう目前まで迫っており。
「づっ!」
肩口に、一刺し。
即座に引き抜かれた針先には血が付いている。
突然のことに頭がこんがらがる。何が起こっている?
だが、今は逃げないと。
扉が開かないのなら、窓か? いや、その方向にはティトが陣取っている。
ずりずりと壁を背に、少しずつ回りこむ。
だが、そんな動きを見逃してくれるほど甘いわけもなく。
猛スピードで接近したティトに、腕を、脚を、顔は流石に避けたが、それでも頬を。ありとあらゆる箇所を突き穿たれる。
脚から力が抜ける。
「いきなり、なんで、こんな……!」
ぺたんと尻餅をついてしまった俺に、ティトが迫る。
そして、眼球目掛けて針を持ち上げたところで、俺は目を瞑り手で顔を庇った。
数瞬後には、手に激痛が走るのだろうと覚悟する。
だが、暫く経っても、痛みが来ない。
恐る恐る目を開ける。
庇った手と手の隙間から、目に針を突き刺そうとするティトが見え――
「うああああああああああ!?」
吹き飛べ、とばかりに。全力で手で振り払う。
だが、それもひらりと回避される。
まずい、次が来たら……と、思ったところで、ティトから威圧感が消える。
「え?」
そして再び目の前に。針はどこかへ行っている。
「お分かりいただけたでしょうか。今のが、殺気というものです」
……………………。
「どういう、こと?」
混乱する俺に、ティトは事も無げに答える。
「ユキ様には、言葉を尽くすよりも、体に覚えこませたほうが早いと思いまして」
「確かにそうかもしれないけどね!?」
スパルタ過ぎるだろ。滅茶苦茶怖かったんだからな。
ちょっと言い辛いけど、下半身とか下着とかが大変なことになりかけたんだからな。
「ともあれ、理由があったとはいえ、傷をつけてしまい申し訳ありませんでした」
「い、いや。まぁ、うん。確かに、必要は必要だったからな」
手放しで許せるものでもないが、ティトなりに考えてくれた結果が。今の殺気と同様の気配を持つ相手、ということで識別すれば良いわけだ。
それが誰に対するものなのか、というところまで区別できるかは分からないが、殺気を持つ相手が分かれば、避ければ済む話でもある。むしろ、誰かに殺意を持っている相手が分かるのだから、何かしらの事件を未然に防ぐ、といったこともできるかもしれない。一応、今の印象でレーダーを改善すればいいだろう。
そう思い、改めてレーダーを展開する。殺意を持つ相手を、赤と黒の明滅で表示させる。
「……うん。意外と、居るね」
一人二人といった数ではない。だが、緊張状態にある相手、などという判定よりはよほど少ない。街全体で十数人といったところだろうか。
まぁ、現代日本ですら、殺人事件はそれなりに起こっている。実行するところまで行き着くかどうかはともかく、殺意を抱くだけならば、一つの街にこれくらい居ても不思議ではないのかもしれない。
ふぅ、と息を吐いてレーダーを閉じる。
レーダー、なぁ。前の使い勝手の悪い状態から、少しだけでも進化したのだから、何かこう、名前をつけたい。
「殺意感知、とかどうだろう」
「急にどうしましたか? 独り言をぶつぶつと」
「あ、いや。ちょっとな」
しまった、さすがに独り言が過ぎた。
「ともあれ、傷の手当をしましょう。ローブを脱いでいただけますか?」
「お、おう」
刺された箇所は全身にわたる。ローブの裾を捲りあげるだけでは足りまい。
一応下着はつけているわけだから、全裸になるわけではない。
しかし、もうこのローブは着られないな。血で汚れてるわ、穴が開いてるわと、かなりの惨状だ。まぁ、最初の拠点に保管されていたローブだし、愛着があるわけでもない。
適当に丸めてぽいっと捨て置くことにする。
「では失礼しますね」
癒しの呪いでもかけてくれるのかと思えば、ティトさんが急に傷口を舐め始める。
「何事!?」
「こうした方が、治りが早いので」
ピチャピチャと水音を響かせながら、傷口にチロチロと艶かしい感触。
傷は傷なので少々響くが、それも段々と麻痺してくる。
肩口の傷が塞がれば、次は腕。
一つ一つの傷口に掛ける時間は非常に短い。しかし、口付けにも思える数度の舐犢は、随分と長く感じられる。
随分と荒い息が聞こえる。誰のだと思えば、それは自分のもので。
ティトが舌を這わせるたび、首筋に電撃が走る。
知らず、声が漏れる。
ティトの舌は、さらに下の傷口へと向かっていく。
何か、ヤバい。
何がヤバいって、これを嫌だと思わない自分がヤバい。
ティトが治した後は、じんわりとした熱を持っており、その感覚が脳の働きをさらに鈍らせる。
だから、そう。
部屋の外が少し騒がしくなっていることにも気づくことはなく。
「おいお嬢ちゃん! 何かの騒ぎか!?」
得物を手にした親父さんが、バタンと激しくドアを開けて部屋に入ってきたときには。
「……悪い。邪魔したな……」
傍から見れば、ほぼ裸の女が、妖精に体を舐めさせているという光景が広がっていたわけだ。しかも女の方は熱っぽい瞳で、それを受け入れている。
それが、一体どういう意味なのか。
…………。
一瞬で、思考がクリアになる。
「待って親父さん、誤解、誤解だからっ!?」
慌てて影からローブを出して羽織り、弁明に向かう。
『妖精憑き』の悪評を自分で実践してどうする。あれはただの治療行為だ。
階段を下りていく親父さんを呼びとめ、誤解を解くのには、そう短くない時間を要したことは、言うまでもないだろう。
くそう、くそう。
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