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 ガサ、と茂みを踏み越える。

 姿勢は極力低く、できる限り息を潜め、慎重に進む。

 無残に蹂躙された森の道に、黒い血が点々と目印を作っている。

 この先に魔獣がいる。

 そう考えると、また足が震えてくる。

 深呼吸して無理やり震えを止める。大丈夫。今回はいけるはずだ。

 少しずつ、少しずつ接近する。

 近づくにつれ呼吸が浅くなる。

 まずい兆候だ。

 震えながら大きく息を吸う。

 そして止める。

 目を見開き、道の先をうかがう。

 予想通り、大猪が休んでいた。

 傷はまだ治っていないのか、足元には血黙りができている。

 あれで失血死しないというのだから、生命力が高いというか何というか。

 こちらに気付いた様子はない。

 ならばこそ。


「落とし穴。影に落ちてろ」


 辺りの木陰から、奴の巨体を覆う影を操る。この距離なら射程範囲だ。

 ズブ、と大猪が沈み込む。

 さすがに攻撃に気付いた大猪が辺りを確認し、こちらに顔を向ける。

 だが遅い。

 既にその巨体は半分ほどが影に飲まれ、いくらもがこうが脱出不能なほどに落ち込んでいる。

 これがただの落とし穴であれば土を蹴り這い出ることもできただろうが、生憎奴が沈み込んでいるのは影だ。

 どれほど足掻こうと浮き上がることはない。

 もう一度自身の影からギロチンを作り出し、大猪の首に振り下ろす。

 寸前、ギロチンって刃物で切るんじゃなくて重量で切るんだっけ、と命のやり取りに際して場違いなことを考えてしまったが。

 強くイメージする。何かの映画で見た処刑シーン。人間の首がゴトリと転がるシーンを。

 それを、この猪に当てはめる。

 あっけなく大猪の首が刎ね飛ぶ。黒い血があたりに飛び散る。思わず目をぎゅっと瞑る。


「目を背けちゃダメですよ。しっかりと見ないといけません」

「とは言われてもな……」

「生きてたらどうするんですか?」

「―――!?」


 死んでいた。さすがに首を落とされて生き残れるはずもない。

 切断面をうっかり見てしまったが、どうやら真っ黒らしい。

 魔獣とただの獣が決定的に違う様を見せ付けられた。

 これは生きてはいたが、ただの得体の知れないものの塊だったのだと。

 だからだろうか。生き物を殺したわりには、落ち着いている。いや、無関心で、何も感じていない。

 あるいは死の危険を感じたためか。ある種の生存競争なのだと、どこかで理解したのかもしれない。

 もし本当に生き物を殺すことになったら。

 体が震える。確かに妄想の中ではモンスターをいくらでも殺してきたが、そんなものはただのゲーム感覚に過ぎない。

 実際に命のやり取りをするとなれば、相応の覚悟が必要だ。

 ここが異世界なのだと、一つ心に刻み、目の前の大猪に意識を向ける。

 死体をこのまま放っておけば生物が腐って土に還るように、魔素として大地に吸収されるそうだが、討伐したのならギルドから報酬が支払われるらしい。

 証拠として牙を持って帰ることにする。

 さすがにこんな大きな死体を持って帰るのは困難だ。

 魔法でどうにかなるかもしれないが、実験は別のところで行いたい。

 牙を紐で結んで背負い、バスケットと薬草袋をそれぞれ片手で持つ。


「あとは帰るだけですね、お疲れ様でした」

「本当に疲れたよ。早く帰ってゆっくり休みたい」


 森の道案内はティトが先導してくれる。

 木漏れ日ができるくらいには空が見えるとはいえ、それで太陽の位置がはっきりとわかるわけではないというのに、この妖精はどうやって方角を感知しているのだろうか。

 分からないんですか、と言われるのも癪なので素直についていくことにするが。


「それにしても、本当に一撃でしたね」


 珍しい。ティトの方から話を振ってくるなんて。


「お前が言ったんだろ。首を落とせるって。だから俺もイメージを練ったんだよ」

「そのイメージですよ。見たところあれは刃物をもとにした道具だとは思うんですが」

「まぁ、その通りだな」

「魔獣は一般的な物理攻撃に対して高い防御力を持っています。おそらく最初の一撃が通用しなかったのも、ユキ様自身が効果を信じていなかったのと、ただの刃物をイメージしていたからだと思うのですが」


 何やら聞き捨てならんことを言うティト。


「ちょっと待て。魔獣って物理通用しないの?」

「ご存じありませんでしたか?」

「知るわけねぇよ!」


 道理で盾役が多いと思った。中距離と遠距離で物理攻撃を仕掛けるのも、反撃が怖いからとかではなく足止め目的かよ。


「一体ユキ様はどんなイメージを作ったんですか? 魔法とはいえ刃物をイメージしたのならば、その性質は刃物になるはずですが」

「攻撃属性までイメージ依存かよ。魔法なんだから、何をどうしようが物理攻撃にはならないと思うんだが。物質そのものは作れないみたいだし」

「なるほど。ユキ様の魔法はそういうものなんですね」


 納得したように何度も頷いている。勝手に納得されても分からんのだが。


「あとは、あれだ。ギロチンは首を刎ねる処刑器具だからな。そのイメージを強く持ったから、とかじゃないか」


 俺の言葉にティトは一瞬驚愕の表情を貼り付け固まる。

 だが、次の瞬間には何事もなかったかのように


「ユキ様の魔法は本当に何でもアリですねぇ」


 やれやれといった風に首を振る。

 なんだとこのやろう。

 自分でも軽口を言えるだけ、余裕が出てきた。

 なら、ずっと言い忘れてたことを伝えなきゃな。


「……あー、その。ティト、守ってくれて、ありがとうな」


 あの時、魔獣の突進を防いでくれていなければ、俺は死んでいたはずだ。

 うっかり世迷言を口走った気がするが、あんなのはノーカウント。

 だがそれほどに俺は安堵していた。その礼は尽くさなければならない。

 だからこそ、気恥ずかしいが、しっかりと相手の目を見据えて言った。

 ティトは目を見開いていたが、段々と顔が赤くなっていき、最後には蕩けるような笑顔で


「いえいえ、どういたしまして」


 と返してきた。

 その顔に、ついうっかり見蕩れただなんて、誰にも言えるわけがない。

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