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この話で実質100話目になります。
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馬車と聞いていた。
うん、確かに馬車なんだろう。鑑定さんも「乗り合い馬車。馬に曳かせる車輪付きの乗り物。外装に魔術紋様が刻まれ、耐寒耐熱の効果が僅かながら付属している。また矢止めの呪いが掛けられているため、乗客の安全も僅かに保障されている」と言ってたし。てか防御性能たけぇ。僅かってのが引っかかるけど。
でも馬車というかUMA車というか。俺の知っている馬は脚が八本もないんだけどな。イリーヌさんが使ってた馬車だって、普通に馬だったぜ。走りながら水を飲めるハイスペックだったけどもさ。こんな時に生き物に使えない鑑定さんが恨めしい。使おうと思えば使えるらしいけど。試してみたけどやっぱ駄目みたいだ。
「ユキ様、早く乗りませんか?」
ティトが何事もなく促してくるから、何の問題もないのだろう。
俺は慌てて御者に頭を下げ、さして大きくない馬車に乗り込む。
客室部分は向かい合わせに椅子が設けられており、都合八人までは乗れそうだ。いや、若干狭いか。今の俺とフィルが小柄だからこそ八人なのであって、一般的な成人では六人が限度だな。
フィルに手を貸して引っ張り上げ、席に座らせる。
「どこまでだい?」
俺たちが乗り込んだことを確認した御者が、目的地を訊ねる。
料金は先払いだったな。懐の影から銅貨を幾つか取り出す。多分四枚だろう。
「北の商業区。何だっけ、鋏と毛玉の看板が目印の店って言って、通じるか? 質の良い女物の服が置いてるそうなんだが」
「となると、あの店だな。二人で銅貨四枚だ」
ほう、さすが親父さんおすすめの店。かなり有名みたいだ。
御者に料金を支払い、フィルの隣に腰を下ろす。ピシリと鞭の音が響き、馬車……いや、これを馬とは意地でも認めない。馬車がゆっくりと進み始める。
おっと。そのまま座っているとケツが痛くなる。短時間といえど、腰は大事にしなければ。
さすがにこの馬車に強化をかけるわけにはいかないので、座布団的なものを取り出す。
そこまで柔らかいものではないが、木の座席に直接座るよりはマシだろう。
「これ敷いとけ。暫く乗り続けることになるし、痛くならないようにな」
最初は何のことだか分からなかったようだが、俺が座席に置いてその上に座ることで用途を理解したようだ。
ぺこりと頭を下げ、俺と同じように座布団を敷く。
うむ、分かってはいたが、衝撃吸収性能はそこまでないな。もう少しぶにぶにした素材を中に入れたかったが……いや待てよ?
「…………」
敷いた座布団を一旦手に取り、集中する。
こいつはスライムだ。ぶにぶにとしたゼリー体で、衝撃を余すことなく吸収するウォータープルーフ的なサムシングだ。
思い込め。俺の魔法はイメージ力だ。
魔力で包んで、材質を変質させろ。
衝撃吸収性能を強化すればいい。
「あの、お師匠、様? 急に、どうしましたか?」
フィルの問いかけに、微笑で答える。
「座布団を強化した。何を言っているか分からないと思うから、まずは座って確かめてみる」
もう一度座布団を敷きなおし、そっと座る。
ぼしゅうっ。
「うん、駄目だった。気にしないでほしい」
いやまぁ、最初に座ったときは何の感触も無いようなものよりは大分マシなんだけどさ。
居た堪れないので座席の端に寄る。
エアクッション的なものでも作れれば良いんだろうけどな。さすがに布で作る素材に空気は閉じ込められないしなぁ。
「……ん?」
馬車が少しずつ速度を落としていく。
まだ到着した様子は無いが。
不思議に思っていると、外の会話が聞こえてくる。
「これはどこまで行く馬車だ?」
「北の商業区さ。乗っていくかい? まだ何人か乗れるよ」
「丁度良い。商業区の手前まで頼む」
「あいよ。銅貨一枚と小銅貨五枚だ」
そして金属の擦れあう音が聞こえたかと思うと、馬車の扉が開く。
男が二人と女が一人、新たに乗り込んできた。
「悪いね、ちょいとお邪魔するよ」
「ああ、気にしないでくれ。ほら、フィル。もうちょいこっちに寄れ」
「は、はい。ひゃふっ!?」
フィルを抱き寄せスペースを作る。ほんとこの子体温高いな。眠くなる。
話しかけてきたのはかなり大柄な男だ。
斜向かいに座ったところで、俺達二人分のスペースを使うだろう。
向こうでもそう感じたのか、女が俺達の対面に、細身の優男が少し離れて隣に腰掛ける。
全員が座ったところで、再び馬車が進み始める。
「なるほど。こういうシステムか」
タクシー的なものだと思っていたが、バス的なものらしい。ルートは最初に乗っていた客が最優先で、後から来た客は乗りたいところまでの料金を支払うってことか。
となると、最初に呼んだ馬車の初客となれた俺は運が良いのだろう。場合によっては方向が違ったり、目的地とは離れた場所が終点だった可能性もある。
ろくに土地を知らない俺にとって、目的地まで連れて行ってくれるのは非常にありがたい。
「ん? 何だ、お前さん。馬車を知らないのか?」
斜向かいに座った男が問いかけてくる。
ふむ、こういう会話も相乗りの醍醐味ということだろうか。
「街中のを利用したのは初めてだからな。さすがに料金先払いとか、そういうのは知ってたけどさ」
「はは。確かに首都くらいでしか、馬車を街中で乗るようなことは無いわな」
男の顔にこちらを嘲るような色はなく、純粋に面白がっているようだ。
「で、どうだ? この街は凄いだろう?」
「そうだな。あんたはこの街の生まれか?」
随分とこの街を気に入っているような口ぶりだ。 凄いかどうかと問われれば、現代日本で生活していた俺からすれば、大したことでもない。風情を感じるという意味では凄いが。
気のない返事ではあったが、大男がニヤリと笑う。
「いいや。俺も田舎から出てきた身だ。ここで活動をし始めてから数年は経つから、立派にこの街の住人だがな」
「なるほど。今じゃ立派な都会っ子ってわけだ」
気取り、と付けたかったが、無用の諍いを起こして得をするものでもない。数年も先に住んでいるのなら、その年月には敬意を払おう。
ふむ、となると色々とこの国について聞いても良いかもしれない。田舎から出てきた身として聞けば、それなりに気前良く教えてもらえるだろう。
ティトさんに聞こうとも思っていたが、全体的な話であればともかく、数百年単位で生きている存在に、今現在のこの街のことを聞いても正確なことは分からないだろう。
「だったら、ここの特産品とか、王侯貴族関係の動きとか、そういうのが知りたいんだが。なにぶん田舎育ちなもんでね。都会の常識ってものを教えてほしい」
「お、そうか? へへ、だったら教えてやるよ」
大男が体を揺すりながら答える。
連れの男女は、また始まった、とでも言うように額に手を当てる。
あれ、俺何か地雷踏んだ?
あ、ティトさん。後でちゃんと説明するから、首筋をぎゅっと握るのやめてくれませんかね。地味に締まる。締まってるから。
「まずな、ここの特産は何と言っても食い物だ。良質のものが良く取れる。農耕牧畜に力を入れてるわけだ。俺の田舎でも麦を作ってた。お前さんのところでも似たようなもんだろう?」
「ああ。穀物は主力だもんな」
相手の意見に同調しながら、自分の情報は一切明かさない。食料品が特産と言いながらも、漁業が出ないことを鑑みるに、ほぼ確実に大きな湖を持たない内陸の国なのだろう。水源の確保に腐心してそうだ。山があるからどうにでもなるとは思うが。
「最近じゃあ香辛料が滞っているから、味は少し落ちちまってるが、それでも美味いものは美味い。田舎の豪快な料理もいいが、洗練された都会の料理ってのも良いもんだ」
「だよな。『山猫酒場』って店の料理は物凄ぇ美味い」
ちょっと宣伝もしておく。
「お、『山猫酒場』を知ってるのか! 確かにあの店の料理は美味いよな!」
食いつかれた。まあ数年も生活していれば美味い店の情報も入ってくるだろう。宣伝するまでもなかった。
次は少し知りたい情報に探りを入れよう。
「だったら、この国が魔獣に襲われたら大変だよな。他所の国から援軍とか期待できるのか?」
この国が滅びた場合に、世界全体の食糧供給がどうなるのか。自給率が一を割るようなら、魔獣を討伐するよりも、そちらをどうにかしろと思うし。思ったところで、今のところ何が出来るわけでもないが。
だが、もしも食料輸出国という重要拠点であるならば、近隣の国からの援助は期待できる。別にそこまで重要でないなら、この世界の食糧事情はさして悪いわけではないことになる。
「それはどうだろうな。良質ではあるが、この国のものでなくても充分にやっていけるからな。いわゆる贅沢品という扱いだ」
「ほう」
「ま、田舎に居たら、どれだけ恵まれてるか、あるいはどれだけ厳しいかってのは分かりにくいからな」
狭い料簡で物を語るな、か。確かにそうだ。
少なくとも、この国の位置づけはある程度把握できた。
全体的に裕福な人間が多いように感じるのも、ブランド商法が出来ているからだろう。
「なるほどな。よく分かったよ、さすが都会住みは情報量が違うな」
「へへっ、だろう?」
照れくさそうに鼻をこする大男。
こんな見え透いたお世辞に喜ぶなんて。罪悪感を覚えるじゃないか。
頬が引き攣るのを感じていると、対面の女性がおずおずと声を掛けてくる。
「ところで、貴女もしかして、噂の『妖精憑き』?」
「その名前で呼ばないで!?」
二つ名ぁ! なんでこんなに広まってんだよ!?
隣のフィルが驚いたように肩を竦めた。おっと、悪い悪い。
「ローブ姿の、男勝りな喋り方の女の子って聞いてたからね」
くすくすと笑いながら、女性が付け加える。
そりゃ確かに二つ名だけではなく、付随する情報として容姿や特徴なんかも伝わるわな。
でもさ、ド変態の称号が一人歩きしていくって、精神衛生上非常によろしくないんですが。
わなわなと震えていると、大男も隣の優男も、同情するような目で俺を見る。そんな目で見るな。
「有名になるのが嫌なのかしら?」
「その二つ名で呼ばれるのが嫌なだけだよ。誰が好き好んでド変態の蔑称で呼ばれたがるってんだ」
「ド変態? どういうこと?」
「え?」
優男を見る。大男を見る。
視線を逸らす。
真正面の女性は不思議そうに俺を見ている。
「あ、もしかして……」
過去の『妖精憑き』の所業って、知らない人も結構居たりする?
「いや、お嬢さんの考えていることは少し違うね。彼女が世間知らずなだけだ」
「ですよね! 男二人が知ってるんだものね!」
第一、駆け出し冒険者であった例の四人ですら、俺が『妖精憑き』と知った瞬間のドン引きっぷりったら無かったものな。
多分森人が、というかエウリア達が特殊なだけだろう。
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