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世界の理不尽さに抗えなかった弱者である私の身勝手な我が儘によって巻き起こされた一夏の物語はこうして結末を迎えた。
ハッピーエンドなのか、或いはバッドエンドなのかと問われれば、解答するに難しい。
その物語を判定する資格など私にはないのだから。
私は罪を犯したし、彼には申し訳ないことをした。
私の罪が一生消えないのと同じように、彼が一生消えない傷を背負う羽目になってしまったのだから。
言うまでもなく、私のせいだ。
全部、全部、全部、私のせいだ。
結果、私はやっぱり後悔することになったし、自分をさらに追い詰めることになってしまったわけだけれど、その意味ではよかったと言えるのかもしれない。
それもあったからこそ、私はこうしてもう一度地に立つことができたのだから。
それもこれも、私の歪んだ人格や後悔など、何もかも消し去ってくれたのが言うまでもなく彼である。
まったく、あれほどにまで大きな器を持った男子高校生が存在するとは思わなかった――と言っても、それは当たり前の話で、私はまだ中学生だ。
小学生と中学生に圧倒的な差異が存在するのと同様、いくら年齢的な差がほとんどないからと言って、中学生と高校生を同列に並列することはできないだろう。
それに、十代なんて一年違えば、何もかも違うのだから。
いや、それは大人が言うべき意見か。
ともあれ、私は救われた。
本当によかったと思う反面、罪悪感に苛まれてなかなか寝付けない日々を過ごしていたりする。
私は今、両親と共に自宅で暮らしている。
あの夏に過去も現在も、何もかもが崩壊してしまった影響もあって私があの事故で受けた被害は別のベクトルで改竄されたようだ。
交通事故、大手術の結果、奇跡的に五体満足で再起――それが私の負った『過去』の交通事故らしい。
手術跡が消えなかったのも、そのせいなのだろう。
まぁ、それはそれでよかったと言える。
私は思い出すだろう――一生消えることのない手術跡を見て、私は彼の傷を想起するだろう。
そして、自分が罪深い存在だと再確認することだろう。
だからこれは、この傷跡だけは、消えないでよかったんだと思う――そう思える。
私は哀れみから解放された。
同情から解放された。
みんなが笑える世界を望んだからと言って、常に笑顔が絶えないというわけでは勿論なかったけれど、それもまた人生なのだから、私は甘んじて受け入れようと思う。
テスト結果の次第では怒られたし、学校をサボタージュして彼を探すべく公園を彷徨ったことが露見した時は冗長な説教をされたものだ。
その度に私は怒られているという身でありながら、薄ら笑みを浮かべていたことだろう。
にやにや、と。
そんな当たり前の生活に復帰することができたことに笑みを我慢できるはずがない。
私は今、知的好奇心に溢れている。
興味本位の好奇心に溢れている。
この数年、感じ取ることのできなかった『世界』を肌身で実感しているのだ。
私は今、十六歳になる。
翌年に高校受験を控えている。
志望校は当然、言うまでもなく、彼が在籍していた高校だ。
私は彼の後を一生追うことだろう。
償いの意味を込めて、贖罪の意味を込めて、そして何より、彼のことをもっと知るために。
彼の傷を深く知るために。
私の罪深さを確認するために。
何?ストーカー?
馬鹿言え、私はそれよりももっと深刻だ。
日の当たらないところで、根暗に引き篭もることこそ私には本来相応しいのだ――白昼堂々とスニーキングするほどの度胸は皆無に等しい。
ほら。
こんなにも日差しが強い。
天気予報によれば去年を上回る気温だそうだ。
「いってきまーす」
私は一歩踏み出す。
一学期最後の終業式へと向けて、足を踏み出す。
誰にも語られることのないあの一夏の物語を胸にしまって歩き出す。
帰ったらまた、いつものように日記を綴ろう。
「――本当にありがとう」
私は通学路の真ん中で誰に聞かせるわけでもなく、呟く。
その言葉は停まっていた五年の歳月を動かした。




