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黒猫センチメートル。Pasted/cm  作者: 三番茶屋
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1cm left

 昔々あるところに、一人の少女がおりましたとな――なんていう古典的な冒頭ならぬ、過去回想を修飾する枕詞のような一文をあえて使ってみよう。

 なぁに。

 人間、過去を振り返る際に多少なりとも彩りを添えたがる生物だ。

目を背けたくなるような過去もあるだろう、思い出したくもない過去もあるだろう。

忘れたい過去もあるだろうし、無かったことにしたい過去もあるだろう。

都合の悪いことを忘却して、都合の良いことだけをいつまでも保持し続ける人間という醜悪な生物の一人である私が、凄惨な過去を頑張って振り返ってみようと思う。

その中で、私は思い出話のような回想を語ってみようと思う。

しかし、目を背けたくなるような痛ましい過去があってこそ、《今》の私があるのだから、私はここで一つ、その惨憺(さんたん)たる過去に感謝しよう。

 

 ありがとう。

 

 これは彼にも言ったことではあるが、過去があったから現在があるように、過去があったから未来があるのと同じで、現在があるから過去があったのだと、そして、未来があるだろうから過去があったのだと、私は胸を張ってそんなことを言える。

そんなことを恥ずかしげもなく言える。

いや、本当はちょっと恥ずかしいけど。

でも、ちょっとも恥ずかしくないと私は装うことができる。

 彼に何度も言われたことではあるが、本当は自覚しているのだ。

曖昧で、言葉遊びにもならないただの中途半端な性格をしているのだと。

彼は私のことを煙に巻きたがるとか、言葉を濁すとか、もったいぶるとか、そんな風に捉えていたと思うけれど、実際のところ、煙を巻いていたのは彼に対してではなく私自身に対してだ。

私自身が優柔不断で、中途半端で、曖昧で、もったいぶったように見えるのも決断を先延ばしにしてるだけ故なのだ。

煙に巻いたのは彼ではなく、私自身なのだから。

 だからこそ、私は最後まで言えなかった。

本当のことを、何一つ伝えることができなかった。

本当に私が望んでいたことを告白することができなかった。

私の望みを打ち明けることができなかった。

最後の最後に、優柔不断で中途半端で曖昧な私が微かにだけ伝えることができたけれど、それまでの過程を考えてみれば、私は自分に嫌気が差す。

私が招いたことなのに、そうと知っておきながら、何一つ打ち明けることができなかった。

真意を最後まで教えることができなかった――いや、最後も教えることができなかったのかもしれない。

最初から最後まで、私はずっと曖昧で、核心に迫ることを恐れていた。

彼が核心に迫ることを恐れていたのだ。

あの一夏の物語が始まった契機を知られてはならないと、私は心のどこかでそう思っていたのかもしれない。

そんな契機など、知られても何ともないというのに。

いや、私がそれを恐れていたということは、何らかの後ろめたさがそこにあったことに違いない。

後ろめたさと言うか――

 うん。

 言ってしまおう。

 告白してしまおう。


 私は彼のこと好きだった。


それが恋愛感情かどうかはともかく、核心を知った彼が私のことを嫌いになることを恐れていたのだと思う。

きっと、そうだ。

だからこそ、私は最初から最後まで曖昧だったのだろう。

曖昧にしておけば、私が嫌われることもないはずだから。

 だってそうだろう。

 私の本当の願い、望み――私の本当の願望は酷く身勝手で自分勝手なものだったのだから。

それでも、それを打ち明ければ彼ならきっと叶えてくれたかもしれない。

けれど、私はそんな腹黒い自分を隠した。

失望されたくないと、幻滅されたくないと隠した。

全く、笑えてくる。

それなのに私は身勝手な願望を諦めていなかったのだから。

見せたくないものは隠して見せないで、尚且つ、自分勝手な願望は叶えたくて――正直、今では後悔している。

何一つ彼に伝えられなかったことも。

何一つ私のことを伝えられなかったことも。

 非現実的な現実と必死に戦い向き合う彼をすぐ隣で見ていたのに、私は何もできなかった。

何もしてあげられなかった。

何も、しなかった。

それでも、彼は打ち勝った。

信頼できる友人を次々と無くし、孤独になっても、それでも彼は現実から目を背けなかった。

常に解決法を模索して、常に前を見て、常に真っ直ぐ歩んでいただろう。

それに比べて私はどうだ。

そんな彼の隣で私は一体何をしていたのだろう。

自身の存在すら教えず、友人を無くしても尚、核心を語らず、滅茶苦茶な現実に変貌しても救いの手を差し伸べず――自分が招いた悪夢のような物語を傍観していた。

 全部。

 全部。

 全部。

 私は今になって後悔している。

こうして、不自由だった身体が彼のおかげで元に戻り、ようやく太陽の下を外気を纏ながら歩くことができるようになった今となって、私は酷く後悔している。

あの一夏の物語の私を含め、それまでの私を全て否定したい。

こんな私みたいな人間は、『あの時』、死ぬべきだったのだ。

死ぬべき存在だったに違いないのだ。

それなのに、のうのうと生き残って、そして全ての引き金を引いて――彼を含む友人や、それ以外の多数の人間の人生を狂わせてしまった私は『あの時』、生きたいなどと思わず、迷わず死ねばよかったのだ。

そうすれば、あの夏のような物語なんて始まらなかったのに。

それもこれも。

私が『あの時』、迷わず死を選択しなかったのも全部、私自身の曖昧で中途半端で優柔不断な性格が及ぼした結果だ。

生きていても得などないというのに。

むしろ、損をばら撒いて、不幸を撒き散らしたというのに。

だから、私は後悔している。

今、彼によって生かされたことも、何より、『あの時』に死を受け入れなかったことも。


 

 だからこそ、これは後悔の物語だ。

私がつらつらと手日記に綴るように、後悔の念を書き写し、私の罪を再認識するための物語だ。

それが赦されるものではないと理解している。

罪滅ぼしなどと言うつもりもさらさらない。

後悔と自虐を誰に聞かせるわけでもなく、自室で一人懺悔するように過去を回想するだけの物語だ。

 私が今こうして五体満足で生きているのも――私が『あの時』に死ななかったのも、全て後悔して――本当に、彼には悪いことをしたと思う。

自責の念で自殺でもしたいくらいに私は自分を追い込んでいる。

だからこそ、その物語を語ろうと思う。

今までの私なら迷って、曖昧にして、煙に巻いて、そんなこと語らなかっただろう。

けれど、私が彼によってこうして生かされた今、少しだけの迷いを残しながら語ろう。

 なぁに。

 心配無用。

私の後悔をただ語るだけなのだから。


 登場人物などいない。

私が私のために、私の罪を私自身が再認識して、後悔と自虐に塗れた厭忌な過去を振り返るだけなのだから。

いや。

登場人物なら一人いたか。

ううん、違う。

一人じゃなくて、一匹。



私は『あの時』――黒い猫に遭遇した。




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