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22話

 俺はそこに駆け出す。


 数十メートルの距離なら数秒で辿り着くその場所。


すぐ目の前にあるのに何も映し出さないそこをなぎ払うように切りつける。


 瞬間、まるで黒い布地を切り裂くように空間が分かれ、そしてその向こうでは駒墨がうずくまっていた。 


「駒墨!」


 叫ぶ俺に駒墨がチラリと振り返る。


 何か照れくさそうな笑顔を見せて彼女が返事した。


「遅くなってすまなかったな」


 その言葉に返さず、駒墨の横に立つ。


 何故なら膝をついている駒墨、そして俺の前には赤く長い髪をした女が立っていたからだ。


 すらりとした背に大人びた表情、燃え下がる炎のように赤髪を揺らしたその女は突然現れた俺に一瞬戸惑ったような顔をしたが、腰を落としてジリジリと後ろに下がる。 


「大丈夫か?」


 赤髪の女から視線を外さずに横の駒墨に声をかける。


「ああ……腹を少し抉られたが問題はない」


 痛むのかやや堅い声で答える。 


どうやらかなりの負傷のようだ。


「ちっ……お前か!ここ最近うろちょろしてたのは」


「……邪魔をするな」


 長身からは想像のつかないような甘い声、しかしその語調には邪魔をすれば……という警告が感じられた。 


「この間、ここで会った奴か。脇腹の調子はどうだ?」


 女は返事をしない。


ただ髪から無数の針を出して返事の代わりをする。


 俺は左手でそれらを弾き落とす。


 奇襲でもなく、黒く塗っていない針で増してや三度目の今では完全に見切っている。


 後はこの女をねじ伏せて恭介に引き渡せばいいだけだ。


 その前にこの間の借りを返してもらう。


 お陰で家の中が鉄臭くなり、ただでさえ金欠なのに消臭剤買い集めることになったんだからな。


「……どうして」


「どうして?どうしてだと?簡単なことだよ、お前はもうここには居られない。どの街にも悪人も善人もいるだろうがな……化け物は許可が要るんだよ。生きるためにはな、そして俺がその試験官だ。合格したら許可を与えるためにある所へ行ってもらって、不合格なら……」


「不合格なら?」


「ここで駆逐するだけよ。それが俺の仕事だからな」


 『全く腐った仕事だぜ』 ボソリと小さく呟いた後、走り出す。


「……!」


 奇襲に慌てて攻撃を繰り出すが、右に左に、時に公園に植えつけられている木を蹴って女を翻弄する。


「クッ!な、何で……」


 当たらないの? という顔をした女の腹に一撃を加えてすぐに離脱する。


 地面を転がった女はすぐに立ち上がり再度攻撃を仕掛けるが、すでにそこに俺は居ない。


 ただ空しく地面に針が刺さる音だけが聞こえるだけだ。


「当たり前だろうが、お前の攻撃は直線的過ぎ、接近戦に向いていない武器でわざわざ姿見せて戦おうなんてのは馬鹿以外の何者でもないんだよ。それにお前の武器はなんなんだその毛針は?鬼太郎ですか?想像力の欠片もない使い方だな」


「こ、この……し、死んじゃえ!」


 女の怒りが移ったのか? 


さらに赤くなった髪が広がり、その裾野から無数の針が赤く燃える流星のように降り注ぐ。


 当たれば全身を穿つ死の雨だ。


 おそらくこの女の必殺技の一つなんだろう……さすがに避けきれないか?


 全身の力を抜いてギリギリまで落ちてくる針を見る。


 目測で後数十メートル……十メートル……数メートル…………見えた!


 抜いた力をもう一度凝縮して、弾ける様に駆ける。


 一瞬後、針が到達するが、走り続けている俺の身体には穴は開かない。

 

「ど、どうして……」 


 女の顔が驚愕で歪む。 


半径数十メートルにも及ぶ針の流星は誰も避けることの出来ない絶望の雨だっただろう。


 だが大技なんてものは威力が大きければ大きいほど集中力がいるものだ。


 つまり……、


「弾幕にムラが出来てるんだよ、この短気が!」


 急所を外して一撃を入れる。


 『きゃんっ!』と犬のように鳴いて地面に倒れこんだまま敵は動かない。


 左手を元に戻して振向くと、俺の背後には無数の針が地面に刺さっている。


まるで剣山だな。


「多少は刺さるのは覚悟してたんだけどな」


「当然だ。私がサポートしたからな」


 いつの間にか駒墨が腹を押さえて立っている。


 傷口からの出血は無い、結構深く切られたていると思ったんだが……?


「傷口は塞いだ。あの攻撃を防いだのもこれだ」


 そう言って手で押さえていた傷口を見せると、そこは黒いドロリとした物が包むように塞いでいた。 


「黒水鬼か」


「ああそうだ。これにはこういう使い方も出来る。気が散らなければ傷口から入って体組織の修正だってやってくれる」


 ポンポンと塞いでいる黒水鬼の上から傷口を触ると一瞬顔が歪む。


「まあ……それでもしばらくは痛みが残るがな」


 額にうっすら汗を滲ませて笑う。 


俺は黙って肩を貸してやる。


「な、何を……?」


「とりあえず助けられたんだ。これくらいは当然だろうが……それより」


 俺は視線の落として赤い髪の女を見る。


 すでに気絶から復活してはいるが、怪我をしているせいかうずくまって俺達を睨んでいる。


「勝負あったな。安心しろ大人しくするなら殺しはしねえよ、俺達についてきてもらうぞ」


「……あん……た……なん……」


「うん?」


 俺と女の距離は約数メートル。


 いくら駒墨に肩を貸しているとはいえこの女が俺達に攻撃を仕掛けようとしたなら二回は首を切り落とせる。 


「無駄な抵抗はするな、するなら……本当に殺すぜ」


「あ、あんた達なんかに……」


 女の髪が生きているように動き出す。 


明らかに何かをしようとしていやがる。


「チィッ!この馬鹿が!」


 肩を貸していた駒墨を離し、全力で首めがけて左腕を振り下ろす……が、しかしガキイイィィン! 

耳奥を刺激する金属音を立てて止められた。


「な、なんだ!」


 今度は俺が驚きの声を上げる。


 俺の攻撃は正確に女の首に向かったが、間に何かが挟まるように入ってそれを弾いていた。


「か、髪……?」


 赤銅色の髪がまるで鍛え上げられた鋼鉄のように硬質化して女の首に巻きついていた。


 それが元の髪に戻って俺の腕に巻きつこうとする。


 とっさに切り離して全力で距離を取る。 


 どうやら普段は普通の髪のようだな。 


十分の距離をとってもう一度構える。


 そういえば駒墨はどうしたんだろう?


「中々やるじゃないか……あれも」


「うわっ!いつの間に」


 すでに俺の後ろに立っていやがった。 


「なんだ?いきなり預けていた肩を下ろされれた私がいつまでもあそこにいると思っていたのか?確かに預けていた肩を下ろされて私も焦ってしまったがな……預けていた肩をいきなり下ろされたのは本当に大変だったぞ」


 しつこく肩を下ろされたと言う駒墨を無視して女の方に向き直る。


 まだ後ろでグダグダと言っているようだが無視し続ける。


「あん……なん……こんな……戻る……ため……私は……落伍者では……」


 何かブツブツ言っているようだが、チャンスか? 


 とも思ったが、それはまるで全てを壊すかのようにとげとげしい形のままうねうねと蠢いている。 


 ふとそれらが急に互いに抱き合うように絡みあった。


 そして一つの束となった。


 ゾクリと本能が警告する。


 危険だ。 あれは危険だ。 食らえば……死ぬ!


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