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16話

どうやら本当に近づかないと話をしてくれないようだ。


 仕方ない……俺は溜息をついて駒墨と数十センチ離れてベンチに座った。


「よしよし……いい子だ」


 まるで幼児を褒めるように、でも満面の笑みをする。


「それで……用件ってなんだ……ってうわっ!」


 何も言わずに駒墨が俺の太ももの上に手を乗せてくる。 


「な、なんだ……いきなり」


「しっ!少し黙りなさい」


 目をつぶった駒墨が注意する。


 仕方無しに俺も黙っていると、なにやらスネの辺りが暖かい。


 それは先程あのチンチクリンに蹴られた部分で、まだズキリとしていた痛みが気のせいか少し和らいでいくような気がした。


 さらに大人しくしていると、痛みは確実に消え、むしろ心地よい感触すらわいてくる。


 やがて駒墨が目を開けて太ももから手をどかす。


 『ふーっ』と何か一仕事したように軽く息を吐いて。 


「もう痛くはないだろう?」


「あ、ああ……一体何をしたんだ?」


 にやりと笑って今さっき俺の太ももに置いた手のひらをこちらに見せる。


 なんだろうと目を凝らすと手のひらの表面からじわりと黒い染みが浮き出だし、やがてドロリとした黒水となって出てくる。


「黒水鬼だ。これを皮膚の表面に展開して怪我をした部分を削って新たに再生させた」


「そんなことまで出来るのか?」


「ふふふ、まあね」


 得意げに笑う駒墨に何となく気持ちが緩んだ。


 妙に愛嬌があるというか、変に憎めないところがある奴だな。


「用件って何なんだ?」


 ベンチに座りなおして再度問いかける。


 とっくに五時限目の授業は始まっているので、今更焦ってもしょうがない。


 どちらにしろ授業中に学校内をうろつくわけには行かないのだから五時限目が終わるまではこの部室に居なければならないのだ。


 真意を知るためにも駒墨とじっくり話をしてみよう。


「いや大したことではないんだが、あの騒がしい男とメル友になってな……一応は陸にも報告しとこうかと思っただけだよ」


「本当に大したこと無いな……そのことなら恭介から直接聞いたよ、すげえ喜んでたろう?女の番号なんか携帯に入ってないからな」


「ああ……妙に浮き足立ってたがそういうことだったのか、私はてっきりこれで監視が容易になると喜んでいると思っていたんだがな」


 ……鋭い。 いくら恭介が女ッ気が無く、アホだからといって女子高生とメル友になったくらいで喜ぶはずがないだろう。


 冷静で冷酷なのがあいつの本質だ。 でなければ俺だってあいつの下で働くはずがない。 


 そこまで考えたところでふと気づいた。


 もしかして駒墨は全てわかっているんじゃないか?


 全てわかった上で恭介や俺について調べているのではないかと。


 つまりは駒墨は本当に宗家からの使者で何らかの理由で恭介や俺のことを査問するためにやはりこの街へきたんじゃないだろうか?


 だからこそあえて俺を近づかせて、少しずつ情報を集めていくつもりなのでは? 


 いやしかしそんなまどろっこしいことをしなくても俺達程度の身分なら大した理由が無くても処分できるのだから、やはりそれは考えすぎか? でも……いや……しかし……。


「何を難しい顔をしているのだ?」


 意外に穏やかな口調で駒墨が話しかけてくる。


 授業中なので部室の中はとても静かだ。


 まるで世界に二人しかいないという錯覚さえ起こしてしまいそうに……。


 そんな中で急に声をかけられると意外なまでにドキリとしてしまう。


「別に……なんでもない」


「……そうか」


……沈黙、そして無言。 


どうしても俺はこの無音の時間が嫌いだ。


 静かな空間よりも騒がしい方が俺にとっては落ち着く。 


静かな世界ではどうしても色々なことを思い出したり考えたりしてしまい気が重くなってしまう。


 もしこれが夜で戦いの場なら、ギリギリの場における緊張感が増して心地よくなるというのに……。


「……何か話をしよう。何でもいいから」


 駒墨が唐突にポツリと言う。


 その顔は何か辛いことを耐えているようにも見えた。


「何でもか?」


「ああ……何でもいい。静寂は嫌いなんだ」


 眉間にわずかにシワを寄せて答える。 


本当に辛そうに見える


。 まさかこいつも俺と同じだとは思わなかった。


「意外だな……無口でいつもボーッとしてると思っていたけどな」


「失礼な男だな。私はそんな女ではない」


 口調とは裏腹に笑っている。 


こいつは冷たそうに見えるが笑うと意外に愛嬌があるようだ。


 俺も笑い返して、さらに言葉を紡いでいく。


「そりゃ失礼……何しろ高貴な身分の方と話すのは初めてなんでな……育ちの悪さがどうしてもでちまうんだよ」


 途端、駒墨の顔が強張る。


「……私の出自を知っているのか?」


 今更何を言ってやがる。


 お前が宗家の一族だと知らなかったら接触するわけないだろうが……。


「ああ、とっくに知ってるよ」



「……そうか、それでも私から離れないでいてくれるのか……」


 暗い顔で、でも口元に笑みを残したままでそう言う。 


 末席とはいえ俺だって鬼上の者……たしかに上位の人間と付き合うのは正直避けたいが、こいつがどういう理由でここにいるのかを知るためにも離れるわけにはいかないだろう。


「何を気にしているんだか知らないが、俺とお前は同じだろうが……離れるわけないでしょう?」


 そう言うと顔を上げて綻ぶように笑うと、


「そうか……そうだな……私とお前は一緒なんだな」


 と噛み締めるようにブツブツと呟く。


 変な奴だ。 


今まで見た鬼上の人間は例外なく、自分達の血筋を誇りに思っていて、むしろ他の人間や俺達のような者全員を侮蔑している奴らばかりだったのに……。


「それにしてもここは静かだ。早く教室に戻りたいものだな」


 急に思いついたように話を変えてくる。 


「ああそうだな、こうも静かだと嫌なことばかり思い出しちまうよ」


 俺も同意する。 その同意が意外だったのか駒墨が身体を向きなおして問いかけてくる。


「陸もそう思うのか?静々とした空間が嫌いなのか?」


 どうしたんだ? 一体……? 今までとは違うその熱っぽい態度に戸惑いながらも肯定の返事を返す。


「あ、ああ……騒がしくないと余計なことを考えちまうからさ」


「私もそうだ……思い出したくもないことがまるで現実のように目の前に現れてしまう。そうすると……耐え切れなくて……私は……」


 耐え切れないような何かが今にも出てくる……そう言いたげな駒墨の顔に俺は何も言えずにただ頭の上にポンッと手を置いた。


「……!」


 一瞬ビクっとした顔をして俺を見る駒墨と目をあわさないように俺は言葉を慎重に選びながらたどたどしく口を開く。 


「こ、こうすると子供のころから落ち着いたからよ……、まあ……色々……?あると思うけ……ど、どうにもならないことはどうにもならないんだよ……俺も……最近……そう思うように……したんだわ」


 何を言っているんだ俺は? 


頭が茹だって何を言っているかわからなくなってきた。 


 チラリと駒墨を見てみると、キョトンとした顔をしている。


 駄目だ! 完全に意味不明なことを言っているという顔だ。 


しかしこいつ愛想悪い癖に妙に感情が豊かなんだよな……ってそんなことを考えてる場合じゃない! 


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