第8話『目前』
【柏木】
もうD県上空‥どうやら周辺の人々の避難活動が始まったらしい。俺たちは隊長機を先頭に編隊で飛んでいる。
《もうすぐ目的地だ。特殊兵装解除》
隊長の一言でこのぶらさがったタンクの安全装置を解除した。飛行中の簡単なブリーフィングでは、このタンク投下後すぐに旋回し基地へ戻るというものだった。俺は余裕を見せていたが、内心複雑だ。故郷にこの何かも教えてくれなかったタンクを落とすなんて。そして何故暴動が起きているのか。なにもわからないまま‥‥。
「ロール、こちらエクストラ。聞こえるか」
ロールというのは編隊での俺のコード、エクストラは東郷のことだ。
「こちらロール、よく聞こえる」
この通信は隊長を含むAWACS(早期警戒管制機)が傍受している。なのでさっきみたいな通信はある意味ご法度だ。
「機体がふらついているぞ」
「あぁ、少し緊張しているみたいだ」
「こんなことで緊張しているようじゃだめだな」
突然隊長が交信してきた。
「隊長、この中身はいったい‥」
「これか。中には物資が入っている。食糧や味方への武器などと聞いている。」
そっか‥。心のどこかで少し安心した。爆弾じゃないとわかっただけ、まだマシだ。
《全機に告ぐ》
AWACSからだ。
《目標地点まであと60マイル。照準はコックピットにでる。そこを狙え》
すると目の前に四角が現れた。そばには数値が表示され、数が小さくなるにつれて距離が縮まっていることを指している。
《あと5分だ》
【涼】
ガス欠して車を乗り捨て、歩いて30分。いつも通りなれてる道を行き、スーを先頭に町からの脱出を試みていた。通りは化け物がいっぱいいるかも知れない‥相談して裏路地を行くことにした。
「ちっ」
スーは舌打ちする。
「どうしたの?」
「方角はこっちであってるんだろうな?」
「うん。ここを抜ければ県道に出てすぐ橋がある」
「そうか、じゃあ先を急ぐぞ‥後ろから追いかけてきてやがる」
一体なにを‥?後ろには何もなかった。
「スーはね、聴力が人の10倍あるのよ。生まれ持ったものみたいなの」
「10倍!?」
俺は驚いた。‥いや、こんな任務にも赴くひとだ。なにか才能とかがないとダメなんだろう。
「どうだ、すごいか?それよりもうすぐ追いつく。走るぞ!」
俺たちは走り始めた。すると後ろから足音、地面にツメが当たる音も混ざっている。
「そこを右!!」
先陣をきるスーに言ったその時、彼はつぶやいた。
「失敗か‥」
曲がった先には橋はあった。俺たちは橋のふもとまでたどり着いた。
「俺たち隔離されたな」
目の前は断崖絶壁。橋は下に落ちていた。
「遅かったわね‥どうするの?」
「とりあえずあいつらの相手でもしてやろうか」
後ろに振り返ると2人の人間が立っていた。
「化け物じゃ‥ない」
「いいえ、手と足を見て」
鋭い爪がそこには生えていた。ヨダレを垂らし、目はどこか遠くを向いている。服もボロボロ‥‥そして
「なんだ‥この臭い」
とんでもない臭さだ。硫黄に近い臭い、ヨダレの正体は胃液のような酸‥みたいだ。地面からは湯気が立っている。俺はひとつの言葉が頭を過った。“ゾンビ”だ。
「ボーッと立ってねぇでやつらに攻撃しようぜ」
「そうね」
スーは元々持っていたショットガン、レンカは持っていたアタッシュケースを開け、二丁の小型自動小銃を持った。
「涼、さっき渡した銃使え」
「でも‥」
「適当に撃って援護してくれればいい。間違っても俺に当てるなよ!」
そう言うと2人は走りだし、3丁の銃は火を吹いた。弾が当たるたびにやつらは声をあげる。だがひるむ様子もない。その姿からは想像もできないほどの速さで走ってくる。
「くっ、やりがいあるじゃんか」
スーはショットガンを捨てナイフを取り出した。
「俺の本業はこっちなもんでね」
スーはゾンビに近づくとすぐに後ろに回り込み首を掻き切る。ゾンビは倒れ血飛沫で辺りを真っ赤にする。
「ふぅ‥一体‥」
バンッ!
スーのすぐ横を銃弾が通り後ろにいたゾンビの頭を貫いた。
「隙あり」
レンカは微笑む。スーもこりゃやられたなといった顔でナイフをしまった。
「ん?おい涼、全然撃ってねぇじゃないか」
俺はと言うと‥ただ立ち尽くしているだけだった。2人が勇敢に戦っているのを見ていた。それに呆気にとられていたのだ。
「2人とも‥すごい」
「こんなの序の口さ‥さて、問題はこの橋だな」
「橋の先は‥誰かいるみたい」
レンカは双眼鏡を手に取り、むこうを眺めていた。
「‥!あれは自衛軍ね。検問を張ってるわ」
「じゃあ自衛軍に助けを求めればいいんじゃ‥」
「いやダメだ」
「なんで!もう脱出は目の前なんだ。ヘリかなんかで」
「‥‥‥‥‥」
2人とも黙り込む。その理由は後にわかってくる。その時上空には轟音が響いていた。