第8話「ユートは自警団に助けを求めました。」
郊外の土の道から、街の石畳の道へと入る。人家が徐々に増えていくのを見ると、安心感が増してきた。野蛮な世界から文明世界へと帰ってきた気分である。法と秩序が支配するこの都市世界では、言われのない暴力を受ける危険は無い。
その秩序の象徴、自警団の支所にユートは無事到着した。少し乱れた息をそのままにしたユートは、木造の門をくぐった。門を抜けると、道場のような造りの建物が見える。開け放された玄関は、一度に何人もの人間が出入りできる大きさだった。
ユートは、玄関に飛び込むと、ちょうど外に出ようとしていた一人の団員を捕まえた。
「ローグ」
顔見知りである。二十歳くらいの青年で、後ろ髪を長く伸ばしており、自警団の制服をスカした崩し方をしてその細身にまとっている。
声をかけると、青年は、よお、と手を上げて、そのままユートのそばを通り抜けようとした。凶刃に迫られているというのに、素通りされてはたまらない。ユートは、がしっと青年の腕をつかんだ。そうして、一言。
「助けて。見も知らない女の子に襲われてるんだ!」
ローグはニヤリとすると、ヒュウ、と口笛を吹き、
「いいねえ。オレも襲われてえな」
と見当外れのことを言ってから、
「これからオレ、パトロールだからさ。思春期の甘酸っぱい恋の相談的なことは、中にいる団員にしてくれ。ただし、女の団員には相談するなよ。女ってのはかばいあう生き物だからな。お前が何を相談しても、結局、お前が悪いことにされちまう。決めゼリフはこうだ。『あなたは女心が分かってないのよ』ってな。そう言われたら、男としてはどうしようもない。女心が分からない? ハン! 当たり前だろ、男なんだからな」
続けた。そうして、ユートにつかまれていない方の腕で、ユートの肩をぽんぽんと叩くと、じゃあな、と言って、玄関を出ようとした。
「ちょっと待って! そういう話じゃないんだ。もっと真面目な話なんだよ。ボク、困ってるんだ、ローグ」
ユートは止めようとしたが、
「いいから、中のヤツに話せ。オレは忙しいんだよ」
ローグはそう言って、力任せにユートの手を振り切ると、そのままそそくさと玄関を出ていった。
ユートは小さく首をひねった。ローグは見た目は街にたむろする不良っぽいが、心根は悪くない。親友とまではいかないが、そこそこ仲良く付き合ってきた仲でもある。その彼がいかにも素っ気ない。虫の居所でも悪いのだろうか、と思ったユートだったが、あれこれ考えているヒマなどない。
――ローグがダメなら他の団員の人に!
頭を切り替えたユートは玄関を上がって、廊下を少し行き、開いていたドアから執務室の一つに入った。中の人影に向かって、
「助けてくださいっ!」
と、開口一番、悲痛な声をかける。
中にいたのは、二十代半ばほどの落ち着いた雰囲気の女性だった。彼女とも顔見知り。この自警団の副団長である。木造の簡素な執務机について、書類をパラパラめくっているところだった。
ユートは、その机の前までさっと小走りしていくと、現在の窮状を切々と述べた。いわく、隣国の王女の使いを名乗る者に追いかけられて、殺されかけている、と。
聞き終えた副団長は、書類を脇によけて、じっとユートを見た。ユートは、椅子に座っている彼女の目を見下ろす格好である。彼女の目はまったく平静で、動揺の色が無い。ユートは、副団長から、ふう、という息がもれるのを聞いた。
ユートは続けた。
「信じられないかもしれませんけど、本当なんです。女の子がヴァレンス王女の命令でボクを殺しに来たって。信じてください」
ユートは、詰め寄るように、執務机に近づいた。女性が苦手なユートではあるが、生死の境である、そんなことは気にしていられない。間近で副団長の静かな瞳を見つめながら、ユートがなおも、助けてくれるように、言葉を重ねようとすると、彼女の手が、ストップと言わんばかりに上がった。
「ユートくん」
副団長が言う。
続けられた言葉に、ユートは色を失った。
「残念だけど、自警団はあなたを助けることはできません」
聞き間違えか、と思ったユートが訊き直すと、
「市長からついさっき、通達が来ました。『ユート・カートを保護しないように』と。わたしが、アドバイスできるのは、今すぐ街を出て逃げた方がいいということだけ」
という答えが返ってきた。
ユートは、今日何度目かのビックリを味わっていた。訳が分からない事態もここまで来れば、もはや笑うしかない。
唖然として言葉が無いユートに、副団長はその目に同情の色を浮かべて、告げた。
「ヴァレンス王女から、市長にそういう要請がなされたらしいの。それを市長は受け入れて、自警団に通達してきた。ごめんなさい、ユートくん。そういうわけで、あなたを保護することはできません。捕まえるようにという命令は受けていないから、自警団はあなたの敵にはならないけど、味方にもなれません。もし今ここに、あなたの言う女の子が現れても、あなたを助けるために剣を抜くことはできない」
ユートは、ふらふらとあとじさった。
悪い夢なら早く覚めて欲しいと思った。