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第44話「そして、ミシュルが申し出ます。」

 ミシュルは栗色の髪のすそを風になびかせながらずんずんと進んでいく。

 後ろについていくユートは、きっと彼女にはレニアの怖さが分からないのだろうと思った。直接殺されかけたわけでもなし、襲撃の場面も見ていない。だからお気楽なのである。対するユートの気は重い。

――せめてリムウさんでも一緒だったら……。

 と思っているうちに、どうやら目的地に到着、山の端に隠れる夕陽を描いた看板の下をくぐると、ミシュルは受け付けの男性に、レニアの部屋を訊いた。

 受け付けの人は、部屋を教えてくれる代わりに、レニアを呼んで来てくれた。

 朝食後の食堂に席を取って待っていたミシュルは、レニアが歩いてくるのが見えると、席を立って迎えた。ユートもつられて席を立つ。

「何かご入り用のものがありましたか」

 レニアが丁重な声を出した。二人のことを、ユートの父母の使いで来たのだと思っているのである。

 ミシュルはそれをすぐに否定した。

「カートご夫妻とは関係ありません」

 はっきりと言う。それを聞いたレニアは突然威圧的になるというようなことは無かったけれど、少しラフな様子を見せた。

「では、何の用だ?」

 ユートもそれを聞きたかった。てっきり、どうしてユートの母と父がヴァレンスに招かれたのか、その本当のところを訊きに来たとばかり思っていたのに。 

「アンシ殿下は、他の商人も募集していますか?」

「なに?」

「カートさんたちの他に、殿下とヴァレンスのために働きたいという商人がいるのですが、募集していますか?」

「具体的に言うと誰だ?」

「わたしです」

「君は?」

「ミシュル・ダノ」

 レニアは少し考えるそぶりを見せた。「ダノ、ダノ……?」とミシュルの姓を何度か口ずさんでから、何かに思い至ったかのように、

「君は、ハシュマールのダノ家の一員か?」

「現当主の娘です」

 レニアのクールな顔に興味のある色が浮かんだ。

 ミシュルの父は、ここキョウオウ国では三本の指に入るほどの大商人なのである。

 それがヴァレンスの復興に協力してくれるとなれば、大変な話である。

 そんな話になるとは思ってもみなかったユートは、レニアの前にいる恐怖を忘れて、話に聞き入った。

「もし募集していたら、立候補したいのですが」

「……ダノ家を招くようには命令されていない」

「しかし、招くなとも言われていない?」

「…………」

 ミシュルは押しの強いところを見せた。さすが商人の娘である。

「父の代人(だいにん)として、ヴァレンスに参りましたら、殿下にお目通りがかないますか?」

「それはわたしの知るところではない」

「でも、確かさっきレニアさんは、殿下は広く賢者を求めてらっしゃるとおっしゃってましたよね。それが本当であれば、千里を越えて会いに来た者をまさか殿下がむげになさることはありませんよね」

 ミシュルはニコニコしながら言った。

 その言い方はレニアの気に障ったようである。アザのある目がぴくりとした。ユートは、内心悲鳴を挙げた。

 ミシュルは、自分の訊きたいことだけを訊くと、「ありがとうございましたっ」と朗らかに言って、強制的に会見を終了した。なかなかいい性格をしている。

 宿の外に無事生きて出られたユートが、ほっと息をつくと、ミシュルが、

「わたし、小母さまに頼んで、ヴァレンスまで同行することにします」

 と宣言した。

「それはミシュルのお父さんから頼まれたことなの?」

「ううん、全然。だってさっき思いついたばかりのことなんだもの」

 どうやらミシュルという子を見誤っていたらしい。大商人の娘としてほんわか育てられてきたのかと思えば、かなりの行動派のようである。

 それから、ユートはミシュルと一緒に宿に帰った。母からは、一日好きにしろと言われたわけだけれど、昨日演じた逃亡劇のせいでどうやら体調が優れないようで、結局ユートは、その日一日を自分の部屋でゴロゴロして過ごした。

 ベッドの上で横になって素っ気ない天井を見上げながら、ユートはサヤのことを考えた。

 ヴァレンス王女を殺す、と彼女は言う。

 そんなことどうやって? 不可能である。捕えられて、王女殺人未遂の罪で死刑になってしまうのが、オチではないだろうか。もちろん、できるかできないかに関わらず、人を殺そうとすることそれ自体が恐ろしい考えだ。

――やっぱりさっき止めた方が良かったのかな。

 ユートの胸に後悔の影が忍び込んだが、その影は濃くはならなかった。

 止めると言ったって、どのように止めるのか。

 めったなことを言えば、サヤがちらりと見せた瞳の業火に焼きつくされてしまうだけである。

 そもそも昨日今日の付き合いで切実に彼女のためを思うなんてことはできなかった。とすれば、仮に止めることができたとして、それが彼女のためになるのかどうか、そこからして分からないのだから、何をどうすることもできなかったのだと考えるしかない。

 ユートはいつの間にか眠ってしまっていた。

 母に起こされると既に日が傾いている。

 夕飯を食べるとまた眠くなった。

 その夕食の席で母の口から、リムウがヴァレンスまで同行してくれること、それからミシュルも同行することが告げられた。

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