第4話「そこに現れるひとつの影。」
もう何が何やらよく分からない。
王女の親衛隊がどうして隣国の一般人を殺害しなければならないのか。このサヤという女の子の素性も気になるところである。
ユートは、話が長くなるようであれば、家の中に入るように、サヤに勧めた。玄関先での立ち話もなんである。女の子が苦手なユートではあるが、時と場合くらいは心得ている。わざわざ訃報を届けに来てくれた子に対して、いつまでも玄関先で対応するのは失礼というものだろう。
「もし良かったら、中でお茶でも飲みませんか?」
ユートがそう言うと、サヤはパッと顔を輝かせた。もともと愛嬌のある顔立ちをしているが、そういう顔をするといっそう愛らしくなる。ユートはちょっとどぎまぎしたが、これまでの豊富な「女の子がっかり体験」があるので、ぼおっと見惚れたりはしなかった。
サヤが言う。
「ありがとう。実はのどカラカラだったんだ。でも、見ず知らずの人に自分から『何か飲ませて』とか言うのは恥ずかしいでしょ。だから、あなたが言い出してくれるのを待ってたの。ついでに、何か食べるものとかある? ……え? クッキー? 最高。大好き。自分で作ったの? スゴイ! あたしの夢言ったっけ? 料理のできる男の子と結婚することなんだ。あ、変な意味に取らないでね。あたしたち、ついさっき出会ったばっかりなんだし。そういうんじゃないからね、もちろん」
まるで数年間誰とも話していなかった囚人が、久しぶりにシャバの人間と話しでもするかのような勢いで話すサヤを、家の中に導きながら、ユートは、「女の子は得体が知れない」という確信を一層強めていた。
家はこじんまりとしたものである。しかし、親子が三人で住み、たまに客を迎えることができるくらいには十分な広さがあって、備え付けられてある家具にも品があり、貧困の影は無い。
「ユートのご両親って何してる人?」
サヤは、リビングのテーブルに座ると、周囲を無遠慮にきょろきょろしながら言った。
――その前にキミが誰なのか聞きたいんだけど。
と思いながらも、ユートは正直に、商人であると答えた。隣市に店を出している。大賈とまでは言えないが、この辺りではそれなりに名が通っている。
ユートがお茶とクッキーを出してやると、サヤはそれらを飲み食いしながら、合い間に
「おーいしい!」
と大げさな歓声を上げた。
大きめのカップと大きめの皿でたっぷりと出してあげたお茶とクッキーはすぐにその姿を消した。よほどお腹が空いていたらしい。
「なんかもっとお腹にたまるものでも出そうか?」
なかなかの食べっぷりに思わずそんなことまで言いだしてしまうのだから、ユートも人がいい。それを聞いて考え込んでしまうのだから、サヤはいい性格をしている。
ユートの提案がよほど魅力的だったのか、真面目な顔で考え出したサヤだったが、迷いを振り払うようにぶんぶんと首を横に振ると、
「お茶だけもう一杯ください!」
と言って、手に持ったカップを突き出すようにした。それにユートがお茶を淹れてあげると、サヤはお茶を啜ってから、ほお、と息をつき、
「で、どこまで話したんだっけ?」
と訊いてきた。
ユートが返事をする前に、サヤは自分で言葉を継いだ。
「『竜勇士団』があなたのご親戚を殺したところまでだったよね。何で殺したのかっていうことは話したっけ? まだ? じゃあ、話すね」
サヤの声は、満腹になったからか、さっきよりもいっそう明るい。明るい声で話すようなことではないと思うのだが、ユートにはそれをたしなめるだけの勇気が無い。なので、ただ聞くしかない。
カツ。
カツカツ。
そのとき、ノッカーの音がした。
誰か来たようである。
サヤは席を立った。
「あらら、ちょっと無駄なことを話し過ぎてしまったみたい。ごめんね。大事なことを話す前に、追いつかれちゃったわ」
ユートも席を立った。その口ぶりから、サヤは誰が来たのか分かるようである。ということは、来たのは、この不思議な女の子の知り合いということになる。ユートはドアを開けたくなくなった。しかし、再びノッカーが催促の音を鳴らすので、出ないわけにもいかない。
ユートが玄関へと歩いていくと、後ろからサヤもついてくる。
「あたしの代わりに話してくれると思うから、聞いてみてね。でも、ちょっとショッキングかもしれない。がんばってね。あなたいい人みたいだから、泣きたくなったら、あたしの胸を貸してあげるからね」
相変わらず楽しげな口調でサヤが言う。
ユートは、はあ、とあいまいに答えるしかない。
ドアを開けたユートの前にいたのが、サヤに続いて、また女の子だったので、ユートはたじろいだ。何だろう、今日は。師に初めて褒められた記念すべき日だというのに、なんで苦手な女の子の相手を二人もしないといけないのか。
「ユート・カートだな?」
新たな子の声は固くて冷たい。サヤとは対照的である。
「命によって、お前を殺しに来た」
え、とユートは間の抜けた声を上げた。
彼女が何を言ったのか、すぐには分からなかった。