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第37話「新しい朝です。」

 良い夢を見たような気がしたが、目覚めたとき、覚えていなかった。

 朝である。

 それも快い朝であるようだ。窓から差す光が室内で軽やかに踊っている。

 一瞬、ユートは今自分がどこにいるのかが分からなかった。

 いつも見ているのと違った天井、頭をめぐらしてみると見える違った調度類、つまりは自分の部屋ではない。

――どこだろう、ここ……?

 体を起こしたユートは自分がベッドの上にいることを知った。かけられていた寝具は白く清潔である。それから、

――そう言えば……。

 と、昨日のことを思い出した。思い出したというか、勝手に脳裏によみがえってきた。悪夢よりなお悪夢的な昨日の大冒険のことが。

 ユートは思わず身を震わせた。

 心地よい朝には全くふさわしくない記憶。

 その記憶に誤りがないとすれば、ここはイデュー市であり、ユートが現に今いるのは、そのイデュー市の宿であるということになる。

 ちょっと体を動かすと、ふしぶしが痛んだ。筋肉痛である。どうやらユートの体は、昨日の冒険の疲労の全てを吸収することはできなかったようだ。

 ユートは体の痛みを無視して、ベッドを出た。ベッド脇の丸テーブルに自分の着替えらしき物が置いてあるのを確認すると、

――体が痛いからメンドクサイなあ……。

 と思いつつも、着替えた。文明人は毎日服を着替えるものである。

 それから部屋を出て、廊下を歩き、階段を下っていったところで、上ってきたサヤとばったり会った。

「おはよっす」

 サヤは元気な声を上げた。どうやら体調は悪く無いらしい。

「今起こしに行こうと思ってたところよ。お目覚めのキス、しそこなっちゃったな」

 冗談も良好である。冗談ではない可能性もあるが、そっちはあんまり考えたくないユート。そのまま、階下に降りるため、サヤのそばを通り抜けようとしたところ、ユートは前をふさがれた。通せんぼするようにしているサヤに、

「どうしたの?」

 ユートが訊くと、彼女は両手を広げるようにしてみせてから、階段上であるにもかかわらず、その場でくるりと器用に一回転してみせた。

「…………」

 サヤが何をしているのか、自分に何を要求しているのか、さっぱり分からないユートが沈黙していたところ、ふう、というため息が少女の口元から落ちた。サヤは、やれやれと肩をすくめるようにしてから、

「一つルールを教えてあげる」

 唐突なことを言って、ずいっと顔を近づけてきた。

 ラブラブな恋人同士ならかくやと思われるような近距離に女の子の顔がきたので、思わず自分の顔をのけぞらせたユートは、

「女の子に挨拶するときは、必ず何か一つ褒めよう。二つ以上でも可」

 サヤのしかつめらしい声を聞いた。

 そう言われたユートは、新たな目でサヤを見た。そうして、なるほど、と納得した。

 サヤは昨日身につけていた動きやすそうな服とは違う、何やら女の子っぽい服を着ていた。ふりふりのフリルがふんだんにあしらわれたその服は薄桃色のワンピース、風が吹けばふわりと空に舞い上がっていけそうなほど繊細優美なものだった。

「いいでしょう、コレ。ユートのお母様にいただいたのよ」

 そう言ってから、再び、両手を開いて自分を見せようとするような格好を取る。

 ユートは、ぎこちなく、

「その服可愛いね」

 と褒めた。褒めないと、ここを通してもらえそうにない。

 サヤは、目を伏せるとつつましげな振りで褒め言葉を受けて、それから顔を上げ、

「ありがとう。あなたもステキよ。髪の寝癖を直したらもっとね」

 そう言って、にっこりした。

 ユートは、サヤに手を引かれる格好で、宿の食堂へと向かった。

「足は大丈夫なの、サヤ?」

「平気。治ったみたい。ユートの呪文ってホントすごいね」

 折れた足が一日で治るようであれば、それはスゴイ呪文ということになるが、自分の呪文にそんな力があるとは思われないユートは、サヤの体が普通でないのだろうと思った。呪文の効きやすい体質なのかもしれない。あるいは、彼女が痛みを隠して振るまっているのか。何にしても、自分のために文字通りの意味で骨を折らせてしまったユートは、サヤに対して改めて申し訳ない気持ちになった。それを素直に言葉にしたユートは、

「そんなことよりさあ、ユートがあの人とどういう関係なのかを聞きたいんだけど」

 立ち止まったサヤにあっさりと別の話を振られた。

 彼女と手をつないでいるユートも立ち止まることになり、その状態のまま、サヤが指でそっと指し示した先を見ると、食堂の中にある一つの丸テーブル、そこに両親とリムウが座っているのが見えて、さらにもう一人、女の子の姿があった。

 知った人間であるか確かめようと、その場からじっと見たユートは、

「ミシュルだ」

 すぐに知り合いであると分かった。

「だあれ?」

 ユートは、彼女が父母と取り引きのある商家の娘である、と答えた。

「いい関係なの?」

「え? どういうこと?」

「だーから、恋人とか、許嫁(いいなずけ)とか、実は奥さんだとかさ」

「許嫁みたいだよ」

「なーんだ、そうか、許嫁か……ええっ!」

 サヤはまともに驚いた声を上げた。

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