第34話「みんなで町へ帰ります。」
闇の中を凝視するようにすると、リムウの膝をついたシルエットの他に、確かにもうひとつ、横になった影がある。それがレニアであるとすると、彼女はサヤの死闘の相手だったわけだから……。
「大丈夫、生きてるよ。気を失ってるだけ。やり合ったあとに、街道の上で気を失ったからさ、そこに置いとくわけにもいかなかったんで、ここまで連れてきたの」
そう言ったサヤの言葉に、ユートはホッとした。どうやら想像していたことは間違っていたらしい。もちろん、ホッとしてやる義理なんてないわけだけれど、というよりもっと言えば、逆に死んでくれていた方がホッとするくらいの話ではあったが、そこはそれ、ユートの人の好さ……というよりは、多分にビビリ体質のせいだった。すぐ目の前に死体が横たわっているだなんてゾっとしない話である。
「助けて差し上げたわけですね」
リムウが訊く。
サヤは、そんな大したことはしてない、と首を横に振った。
「ただずりずりとここまで引きずってきただけだからさ。まあ、ちょっとだけ手当してあげたけど」
殺そうとしてきた相手のことを思いやる。
ユートのようなおっとりとした平和主義者であっても、
――そこまでしてやることないんじゃ。
と思ったが、言葉にはしなかった。人助けは責められることではないし、何もやっていない人間には何を言う資格も無い。
「ユート、今、わたしのことを、『何ていい子なんだ。結婚したい』って思ったでしょう?」
サヤの言葉に、ユートは何とも返事のしようもなく、あいまいにうなずいた。
「でも、そういうんじゃないのよ。わたし、もう人を殺さないって決めたから。ただ一人を除いてね。その人以外の人は殺さないようにしているの。それだけ。一種の願かけみたいなものだね。その殺したい人っていうのがね、とっても殺しにくい人だからさ」
サヤの明るい声で話されるとまるで冗談のように聞こえるが、内容は全く冗談事ではない。これ以上、突っ込んでいい話ではなさそうである、と思ったユートは、他に痛むところがないか訊いて話をそらしてみたところ、
「他は多分大丈夫だと思う。痛むところはないし。でも、泥とかで気持ち悪いからお風呂入りたい」
乗ってくれた。
「音に聞く『竜勇士団』と手加減して戦ったというわけですか。無茶をしましたね」
リムウは感心したような呆れたような声を出した。
サヤが軽くそれをかわすように、
「そんなこと無茶のうちに入らないよ」
言うと、
「これからすることに比べたら、ですか?」
リムウが突っ込んだ。ユートは、折角そらした話を元に戻される格好になって、あーあ、と思った。当然の流れとして、サヤがその誰かを殺すとか殺さないとかいう恐ろしげな話をするのを聞くことになるだろうと予測されたからである。闇の中で聞きたい話ではない。まあ、明るければいいという話でもないけれど。
しかし、サヤは、あっさりと話を終わらせた。
「これまでしてきたことに比べたら、だよ」
そう言うと、それ以上は話すつもりがないとでも言いたげに、間を取った。話好きの彼女のこと、恐い話もぺらぺらっとしゃべってしまうのではないかと思っていたユートは意外な気持ちだった。リムウは雰囲気を読み取って、それ以上は尋ねないようにしたようだ。代わりに、
「歩けますか、サヤさん?」
歩けるのなら、ここを離れた方が良いと忠告した。
「この辺りは比較的治安が良いところですが、念には念を入れたほうが良いでしょう」
仮にまた首尾よく市内に入れなかったとしても、できるだけ市に近い方が安全である。
ユートは、サヤが立ち上がる気配を感じた。それから、バン、と勢いよく地を踏みつける音が聞こえてきたのでびっくりした。サヤがやったようだ。
「やー、ユートの呪文って良く効くね。もうあんま痛くないよ」
サヤが言う。
ユートは、無茶しないように注意した。折れた足をくっつけてかつ痛みまで無くすような威力が自分の呪文にあるとは思われない。
「でも、ホント大丈夫だよ。もう治ったみたい……痛っ」
なおもバンバンと足裏を地面に打ちつけていたサヤが、小さく悲鳴を漏らした。言わないこっちゃない。
「歩ける?」
ユートが訊くと、
「大丈夫、大丈夫」
と軽い声。
それを聞いたユートは、しゃがんだまま彼女に背を向けた。そういう行動を何の照れもなくしてしまった自分が不思議だった。
「ええっ! いいよ、いいよ。わたし重たいし、ちゃんと歩けるからさ」
ユートの意を理解したサヤは、こう言っては何だが、珍しく遠慮した。
「いいから、乗って」
ユートは、こちらも彼にしては珍しく、強情を通した。それは彼女のためというよりはむしろ、ユートの中に、何でもいいから彼女のためにしてあげたいという気持ちがあって、その気持ちを満足させるためだった。
サヤは、服も汚れてるし、汗臭いし、ということをなおもお断りの言葉として連ねてきたが、ユートはがんとして受け入れなかった。
やがてサヤが折れた。
「じゃあ、お願いします。でも、重いからね。ホントに。覚悟してよ」
ユートは背に柔らかな重みが加わるのを感じた。