第30話「しょんぼりして、サヤを探しに行きます。」
探して来い、と言われても、外はもう出歩く時間帯ではない。その上、おそらく、市門はもう門限を向かえているだろう。あのあと、サヤがすぐにレニアを倒して、その足でこちらに向かったとしても、人の足では大分時間がかかる、まだこのイデュー市には到達していないに違いない。とすると、サヤは市の外にいるということになって、市から出られないであろうユートには探しようがないということになる。
その辺のことを、ユートは理路整然と説いた。悲しみを押し隠して。
すると、母は、
「『おそらく』とか、『違いない』とか、いつからそのように、やりもしないのに分かったようなことを言う子になりました? なぜ、すぐに、『はい、分かりました』と言えないのです?」
言った。どうやら気分を害したようである。声に苛立ちの色が混ざるのをユートは聞き取った。
どう考えても自分の言い分の方が正しいような気がしたユートだったが、母は議論を受けつけてくれるような気色ではない。ユートは助けを求めるように父を見た。
息子から見られた父は、控えめな態度で、
「今日はもう遅い。明朝早くで良いのではないか」
とユートの擁護をしてくれた。
これで二対一、旗色が良くなったかに思われたが、事実はその全くの逆だった。
母は、反対されたことで、ますます機嫌を悪くした。父に向かって、
「あなたのお言葉とも思えません。あなたなら、今日できる商いを明日に延ばすようなことをなさいますか?」
ぴしゃりと言ったあと、再びユートに向かい、
「サヤさんの命は今はあるかもしれませんが、明日にはなくなっているのかもしれないのですよ。さあ、行きなさい」
いっそう声を鋭くした。
ユートは諦めた。父まで封じられては、抵抗の余地はもう全くない。
サヤの、あの生命力に溢れた子の命が今日だけのものであるなんて、想像もできないが、想像できないことは今日、何度か経験済みであり、想像ができないということをもってそれを否定することもできない。
「分かりました」
ユートはきびすを返した。まさか、逃げ込んだ安息の地で、間髪入れずに新たなミッションを与えられるとは思いもしなかった。しかも、それを命じるのが実の母で、叱責交じりの声でなされるとは。ユートは、両親に再会したときとは別のニュアンスを持った涙を流しそうになった。
宿から出ると、周囲には闇、日はすっかり落ちている。
ユートは市門へ向かって歩き出した。ぼろぼろになった馬車をあのまま使うのはためらわれたし、そもそもユートは御ができない。歩くしかないわけである。
――門が閉まっていたらどうしよう。
どうしようも何も、どうしようもない。まさか先ほどのリムウのように門衛に金を握らせて便宜を図ってもらうわけにもいかない。さっきは門が閉まる前だから入れてもらえたが、さすがに閉まった門を開けてくれるようなことは無いだろう。とはいえ、
「門が閉まってたんで、外に出られなかったんです~。だから、サヤを探すのは明日にするしかないでしゅ~」
などということを言って、母が納得するだろうかと考えれば、それはどうにも怪しい。
ユートの足が速くなった。
「ユートさん」
何の気配もしないところに不意に後ろから声をかけられたので、ユートは驚いて立ち止まった。振り返ったユートの目に、リムウの顔が映る。
「わたしも一緒に行きます。お母上の許可は得ていますので、大丈夫ですよ」
リムウは朗らかな声でそう言うと、
「さ、急ぎましょう」
と、ユートの感謝の言葉を受ける時間を節約して、先に立って走り出した。
ユートは心中で感謝してから、それに従った。実を言うと夜の街を、そうして夜の街道をひとりで移動するのは不安でたまらなかったのである。リムウの腕とひととなりは、十分に理解できているユートである。一緒に来てもらえてこんなに安心できる人はいない。
ユートはリムウの背を追って、暗い街路を走る。ときおり、家路を急ぐ職人や、酒場でいっぱいひっかけてきたらしき労働者にぶつかりそうになったり、実際にぶつかったりしたが、そんなことを気にしている余裕はユートにはない。今日は昼から一日疲れたわけだが、走ることそれ自体はどうやら苦にはならないらしく、それもこれも師が毎日欠かさず走り込みさせてくれたおかげだと思えば、師は偉大である、こういう事態を見越していらしたというわけだ。
いつもは考えないようなつまらない皮肉を考えてしまうところに、ユートの悲しみがあると言える。母に冷たくされてがっくり来ている少年の前に、やがて市門が見えてきた。どうやらやはり閉まっているらしい。念のため、近くにある小屋の中に門衛を訪ねてみたが、
「今日は店じまいでござーい」
という答えを得ただけだった。
「さて、どうしましょうか」
リムウが腕を組んで市門を見上げながら言う。
ユートも門を見上げた。
開けてくれないのだとしたら、別の手段で出るしかない。