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第23話「馬車は隣市へと向かいます。」

 すやすやと夢の世界に安らぐサヤを目の前にして、まんじりともできないユート。いつレニアが追いついてくるかもしれないと考えると、とても眠ってなどいられない。ユートは、さっき見ていた客室後部の窓から、また外を見た。見える限りに、人の姿は無い。姿は無いが、必ず追いかけてくるはずである。ユートは心の目を窓の外に向けた。心の目には、白馬を疾駆させて猛然と馬車を追う目元に険のある少女の姿が鮮やかである。

 ユートは身を震わせた。

――何で、ボクがこんな目に……。

 もう本日何度目か分からないくらいの「何で」である。しかし、それもやむをえないところだろう。昨日まで、市井(しせい)で平和に何不自由なく暮らし、

「王都で官僚になれたらいいなあ」

 などという夢をふわふわ虚空に描いていただけの少年である。隣国で昨年起こった「解放」運動のリーダーと血縁関係にあるとか、それゆえに命を狙われるとか、信じろ、というほうが難しいだろう。結果、

――なにも悪いことなんかしてないのに、なんでボクなんだ!

 というやりきれなさで、胃を痛くしても無理もないところである。

 ユートは、キリキリするお腹を抱えながら、窓から外を見続けた。

 この道は、何度か通ったことがある。商用で隣市に行く父母にひっついて行ったことがあるのである。今回、父母についていかなかったのは、ゲンジ師に教えを乞うているからである。師のトレーニングは基本的に毎日ある。休むことはよほど特別な場合ででもない限り許されない。

「……あっ!」

 ユートは思わず声を上げてしまった。その声に反応するように、サヤがむにゃむにゃと寝言を言う。すっかり忘れていたことがある。ゲンジ師にジハラ市から出ることを断るのを忘れてしまった。師に無断で、市から離れてしまうとは弟子失格である。

――でも、緊急事態だったわけだし……。

 許してもらえるだろう、という期待をしてよい相手では師は全然ない。

――もしかしたら、破門されるかも……。

 ユートは、昔まだ弟子入りしたばかりのころ、ちょっと口答え、というか思ったことをボソッと言っただけで、烈火の如き怒りを買い、破門を言い渡されたことを思い出した。そのときは両親が何とかとりなしてくれたわけだけれど、今度はどうか。はあ、とユートはため息をついた。次から次にロクでもないことが起こってくれて、もういっぱいいっぱいである。

 ユートはそのまましばらくの間、後ろを見張り続けた。サヤは気持ちよさそうに横になっている。彼女のことも、まだよく分からないユートである。クヌプス氏の血縁にあるものを保護していると言ったけど、何でそんなことをしているのか。

――まあ、そのおかげで助かったわけだけど……。

 そこに思い至ると、ユートは背筋が寒くなるのを覚えた。もしも、サヤがレニアより先に来てくれていなかったら、どうなっていたか。今頃、ユートの家の前に、少年の惨殺死体が転がっていたことだろう。サヤのおかげで一命を取りとめたのである。それだけではない。彼女がいなければ、今乗っているこの馬車を借りることだってできなかった。ユートは、改めてサヤに感謝の気持ちを捧げた。今は気持ちだけ。起きたら、ちゃんと言葉にしよう。

 随分長い間見張っていたので、ユートは疲れを覚えた。もちろん、疲れたからと言って、ちょっとブレイクしよう、というわけにはいかないわけだが、リムウの様子を見るならいいだろうとユートは思った。

――リムウさんは大丈夫だろうか。

 御者台につながる方の戸を開けて、ユートはリムウの様子を見た。リムウは御者台の上で、背を少し丸めるようにして手綱(たづな)を握っていた。声をかけると、

「わたしの腕では、これ以上は急げません。申し訳ない」

 と謝られたので、ユートは大いに恐縮した。御を担当してくれるだけでありがたいのである。それ以上のことをしてもらいたいとはこれっぽっちも思っていない。

「ちょっとこちらにいらっしゃいませんか?」

 戸を閉めて客車に入ろうとしたユートは、リムウにそう声をかけられた。

 リムウが前方に注意しながら、ちらっと視線を送ってくる。

 ユートは少しためらったが、人の――この「人」とはユートの場合、もちろん男性を指す――そばにいられるという誘惑に負けた。客車の中でひとり暗い想念を抱えながらじっと外を見ていることには、実を言えば、飽きていたのだ。

 ユートは注意して御者台に移った。とはいえ、馬車は大した速度ではないので、自分の運動神経に不安を持つユートも、それほど心配はしなかった。

「お(つら)いでしょうけど、人間、できることしかできませんので、できることを精一杯やりましょう」

 リムウがいきなりそんなことを言ったので、ユートは驚いた。驚いたけれど、反発する気持ちは起こらなかった。リムウの声はまるで水のように澄んでおり、クセの無いもので、すーっとユートの胸に入った。ユートは、知らぬ間に、「はい」とうなずいていた。

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