第2話「男の子は女の子に出会いました。」
ユートは女の子が苦手だった。
女の子は得体がしれない。大したことがないことでキャハハハと哄笑したり、やたらと集団で行動したり、男の子のことをまるで下僕でも見るような目で見たりする。顔に化粧をするように、心にも化粧をしているようであり、まごころで語り合うことができない。そのふっくらとした胸には、常に何がしか、よろしくないものを隠しているようにユートには思われた。
ここで読者諸氏におかれては、「いやいや、そんなことないよ。可愛い女の子だっているよ」と言う方もいらっしゃることだろう。特に読んでくださっているのが女性であれば、「わたしみたいにね」と例外なく一言付け加えられるに違いない。しかし、ユートの前には、少なくとも現在までのところ、そんな女の子はひとりも現れていなかった。
ときどき、この子は違うのでは、と思う子が現れることもある。ユートの住むジハラ市は、さほど大きくはないものの、人の行き来は活発であって、別の町から来た女の子を見たりすることもある。その姿形が可憐であったりすると、
「この女の子は例外かも」
と希望を持ったりするのである。しかし、そういう気持ちはすぐに消えるのが常だった。
「あたしを誘うなんて十年早いのよ、このブサイクが! 死ね!」
つい一週間ほど前、街で見かけた女の子が、声をかけてきた男の子に飛ばした言葉である。外身は可愛らしかったのに、中身は可愛らしさとは対極にある。言動が見た目を大きく裏切る。そういう事態を見ているうちに、ユートが、「女の子イコール小さな怪物」という認識を抱いたとしても、彼を責めることはできないだろう。そうして、僭越ながら筆者の意見を言うことを許してもらえれば、それは概ね当たっている。たまにそうではないことがあるが、そのときは「小さな怪物」なのではなく「大きな化物」であるということだ。
話を戻そう。
そんなわけで、その日の昼下がり、ユートが、家を訪れて来たのが女の子であると分かったとき、とっさに身構えたのは当然のことだった。家には、ユートひとりしかいない。両親は商用で隣市に赴いており、留守を守っている形だ。他に家族はいないし、使用人も使っていない。何でよりによってこんなときに、とユートは軽くテンパりつつ、しかし黙っているわけにもいかず、玄関先でどもりながら用件を尋ねた。すると、
「ユート・カートで間違いない?」
女の子は言った。十四歳のユートと同じくらいの年である。短くしている金色の髪はロクに整えられておらずクシャクシャっとしている。きらきらしている大きめの瞳とあいまって、まるでいたずら好きの男の子のような顔つきだった。背丈はユートよりも少し高い。しかし、ユートが男の子としてはちょっと小柄な部類に入るので、彼女が特別背が高いというわけではない。動きやすそうな服を着ているが、街で見かけるものとは意匠が違う。旅行者かもしれない。
うなずいたユートは、
「お兄さんとか弟さんとかいる?」
女の子から重ねて尋ねられた。
変な質問である。
ユートは首を横に振った。一人っ子である。兄弟姉妹はいない。
女の子はホッとしたような顔をすると、
「昔、知り合いにね、九人兄弟で名前が全員同じだって人たちがいたの。信じられる? 長男から九男まで全員が『バルロ・ジューヌ』なのよ。どうやって呼び分けるのかって言うとね、長男から、一郎とか二郎とかってナンバーをつけて、あだ名で呼んでいくの。そんなことするくらいなら、最初から名前自体を変えようよって話だよね? 一体、親は何考えてるんだろーね?」
勢い込んで話しかけてきた。
ユートは呆気に取られた。「何考えてるんだろーね?」は、初対面なのに名乗りもせず、用件も言わず、唐突に変な話をし始める女の子に対してこそ、言いたい言葉である。
「あの、キミは……?」
ユートがおそるおそる言うと、女の子は今気がついたかのような顔で、
「名前言ってなかったっけ? わたしは、サヤ。サヤ・ラナリ。よろしく」
そう言って、手を差し出してきた。
ユートは差し出された手を少し見つめてから、女の子の顔を見た。彼女はニコニコしている。全く邪気の無いように見える笑顔だ。その顔がいつ鬼面に変わるか分からないところが、女の子の恐ろしいところである。彼女の手を取るのは気が進まないユートだったが、取らなければ取らないで彼女の気分を害してしまうかもしれないと恐れ、おっかなびっくりその手を取った。途端に、ギュッと手を握られて、握られた手が上下にぶんぶんと振られた。
「よろしくね、ユート――ユートって呼んでいいでしょ? わたしのこともサヤって呼んでね。これで、わたしたち、友だちね。男の子の友だちって数えるほどしかいないから、良かった、一人増えて……ああっ!」
サヤは突然大きな声を上げた。
どうしたんだろう、とビックリしたユートに向かって、サヤは急に容を正すと、
「このたびはご愁傷さまでした」
そう言って、深々と頭を下げた。