第19話「リムウが護衛の責めを果たします。」
怒れる男に対して、
「軽くみぞおちを殴っただけだよ。ただし、これ以上は無いって角度で入れたから、悶絶ものだけどね」
サヤが軽やかな声で、リムウのしたことの解説をした。
リムウの痩せた体つきや、優しげな言葉づかい・しぐさから、どこにでもいる少し気の弱い青年のようなイメージを、冒険者協会から「リムウはランクBですよ。凄いんですよ」と言われたにも関わらず持ってしまっていたユートは、彼のイメージを改める必要性を感じた。
ユートは、体を少しリムウの体から出すようにして、何が起こっているのか、見るようにした。
リーダーの男が、残りの三人の男たちに、目配せをする。
リーダープラス三人は、半円形を作って、リムウにじりじりと近づいてきた。
「少し下がっていてください。ユートさん、すぐ済みますから」
ユートの方を振り返ったリムウが微笑みながら言う。
四人の男に囲まれても全く動じた様子でもない。
ユートは言われた通り、少し下がるようにした。
周囲からは、「いいぞ、やれやれー」という無責任な煽りの声が上がっている。
「わくわくする展開だねえ、ユート」
サヤが隣から、きらきらした瞳を向けてきた。
わくわくはしないユート。いくらリムウが腕が立つとしても、一対四、不利な状況であるのに変わりないはずだ。ユートは、一人の人間が多数を相手にして勝つ、という現場を見たことがないので、というより、そもそも戦闘の現場を見たことがあまりないので――サヤVSレニアは、その意味で貴重な体験だった――戦いに関する想像力には自ずと限界がある。いかに達人であろうとも、一人で数人を相手にすることなどできるのか。
ユートは息を呑んだ。
目の前で起こったできごとは、ユートの想像力の範囲を軽々と飛び出して、ほとんど何が起こったのか理解できないような遠さにあった。
リムウは、最初に向かってきた男をよけざま、手のひらを勢いよく男のあごに当てた。掌底である。殴られた男のあごが揺れて、膝が落ちる。そのとき、リムウは既にその男の方を見ていない。彼が崩れ落ちるのと、リムウが彼に背を向けて、他の男に向かうのがほぼ同時である。まるでリムウには、自分の一打が必ず、男を倒せるということが分かっているような、そんな悠々とした動きだった。
次の男が向かってくるのを見据えたリムウは、彼の足を自分の足で横からスパンと払った。そんなに勢いよく蹴ったようにも見えなかったのに、宙で体を四分の一回転させて見事に転ぶ男。したたかに横半身を地面に打った男が立ち上がろうとする前に、リムウはその男の顔を軽い所作で蹴った。軽く見えるとは言っても、リムウが履いているのは丈夫そうなブーツである。もしか靴先に鉄板でも仕込んであったら、いくら軽く蹴ったとしても大変なダメージだろう。うげぇという声を残して、男は気を失った。
残りは二人。リーダーともう一人。
もう一人の方は、ユートの顔見知りである。彼は、あっという間に二人の仲間を倒されて、ひるんだように足を止めた。止めて、ちょっとの間、行こうか行くまいか迷うように、小刻みなステップインとアウトを繰り返していたが、
「なにしてやがる、さっさと行け、モキチ!」
というリーダーの声に背を打たれる格好で、雄たけびめいた声を上げると、リムウに突進してきた。
モキチの後ろに、リーダーがいる。
どうやらモキチを犠牲にして隙を作り、自分の攻撃を成功させようという腹である。
「わたし、ああいうことするヤツが一番キライ。リーダーだったら、自分がいっとう前に出るべきよ」
のちにサヤはこのときのリーダーのふるまいについて、そう言って憤った声を上げた。
結果から言えば、リーダーの行動は何ら実を結ばなかった。
リムウは、突進してきたモキチを、かわすでもなく受け止めるでもなく、自ら距離を詰めて体当りをした。リムウの体は、小柄なユートより大きいというくらいのもので、大した迫力もない。にもかかわらず、体当りでモキチをふっ飛ばし、ふっ飛ばしたモキチをぶつけてリーダーの男を吹き飛ばしてみせるというたくましさを見せた。地面に後ろ手をつく二人。
しりもちをついたモキチの頬に、打ちおろしの掌底。打たれた首がぐるんと半回転し、モキチ沈黙。
その間に立ち上がることができたリーダーだったが、せっかく立ち上がったのにも関わらず、すぐに地に両膝をつけることになった。リーダーが立ち上がった瞬間、リムウがその横っ腹を殴ったのである。リーダーは、吐きそうな顔になって、くずおれた。
一対四の戦闘は、またたくまに、呆気なく終了した。
その呆気なさとはすなわち、リムウと男たちとのレベルの差に他ならない。
ユートは、冒険者レベルBの強さを確認して、そうして、それはおそらくリムウの実力の一端に過ぎないということを感じて、唖然とするだけだった。ぼーっとしたユートの目に、リムウがリーダーの肩をとんとんと叩くのが見えた。