第18話「その外で、ユートはからまれました。」
面貸せリクエストから、即、痛い目見せてやるという脅迫。
この無茶苦茶なコンボがどうして成立してしまうのか、ユートには皆目見当もつかなかった。ひどい、と声を上げても詮無いこと。言って通じる相手であれば、そもそもそんな無茶な連続攻撃はしないだろうからである。
どう反応するのが良いのか、と考える間もなく、男たちのうちの一人がボスの指令を受けて、ユートの前に来た。ユートは、防御態勢を取った。彼がゲンジ師から近接格闘のトレーニングを受けていることは既に述べた。しかし、ユートはこれまでの所、そのトレーニングの成果を使ったことは一度もなかった。
「力をひけらかしてはならぬ。それは新たな力を呼びよせるだけのことだと心得よ」
と師から戒められていたことと、そもそもユートは危険を回避していたので、力を使うような事態に陥らなかったためである。ちなみに、魔法については、もっと厳しく注意を受けている。一般人に使ったときは破門である、とまで言われていた。
とはいえ、もちろん、身を守る場合はこの限りではない。今日このときが初めて、格闘の成果を使うことになるのだろうか。さっきレニアに襲われたときは、相手が怖すぎて逃げ出すしかなかったわけだけれど、この男達も怖いには怖かったが、彼女に比べれば怖くない。それに怖くてももう逃げ出すわけにはいかないのである。戦いたくなんかないが、やるしかない。
身構えるユートの前に、リムウの細い肩がある。
その肩が自分を隠すようにするのを、ユートは見た。
「何のつもりだ、てめえ」
リムウの背の向こう側から、ガラの悪い声がする。
ユートからは見えなかったが、男はリムウに向かって下からにらみつけるようにしていた。いわゆる、メンチを切っているのである。
「こういう風にした方が、セクシーなのかなぁ」
それを見たサヤが、ユートの隣でぶつぶつ言う。
その後にリムウの穏やかな声が、ユートの耳に聞こえてきた。
「いえいえ、そのですね、実は、わたしはこちらのユートさんに雇われていまして。護衛なんですね、はい。ですので、あなた方がユートさんに危害を加えるつもりであれば、それを阻止しないといけない立場なわけで。いや、申し訳ない」
殺伐とした今の雰囲気には、いかにもそぐわない調子だった。
それを聞いた男たちが、なめられた、と思っても無理はなく、そのムカつきの延長線上として、リムウが殴られることになったのは、さすがにそれは一般社会の論理では許されないが、彼らの論理では普通のことだった。
ユートの目に、リムウの頭が横に揺れるのが見えた。殴られたのである。
ハッとしたユートが思わず前に出ようとするのを、止めるようにリムウの腕が動く。
「気が済みましたか?」
リムウは相変わらず穏やかな声である。
男が言う。
「てめえに用はねえんだ。消えろ。もっと痛い目にあいたいのか?」
「殴られるのはあまり好きじゃありません」
「じゃあ、消えてな」
「それがそうもいかないのが、仕事というものでして」
もう一度、リムウの顔が弾かれる。そうして、
「そのガキの前にてめえをボコッてやってもいいんだぜ」
凄味のある声が聞こえてきた。
ユートは、心を決めた。
さっきはサヤを置いて逃げたわけであったが、ここからは逃げようが無いわけだし、しかも、さっきより怖くないわけであり、戦い方を全く知らないわけでもないのだから、やるしかないのである。リムウさんを助けないと!
――何か、おかしいぞ……?
と思わないわけでもなかったが、何がおかしいのか考えているヒマもない。
ユートは動き出すために、足に力を込めた。
「いたしかたありませんね」
しかし、ユートが動き出そうとする前に、もう一度リムウの声がして、その一瞬後に風を感じた。
リムウの体が動いたのである。
ユートの耳に、
「ゴホッ」
という重たげな息が聞こえた。さらにそのあとに、ドサッという何かが地面に落ちる音が聞こえ、見ると、完全に白目をむいた顔がユートを見上げていた。ほんの少し前まで、元気にリムウを殴っていた男である。
しーんとした静寂がその場に満ちた。
しばらく、誰も口を開かなかった。周囲の雑踏の音だけが聞こえてくる。
その通行人の中に遠巻きに足を止め始める者が出始めた。昼日中、大通りでのトラブルに興味を引かれたのである。
ユートは、まるで死んだようになってぴくりともしない男の顔を見ている。どうやらリムウがやったのは確かであるが、何をやったのかは、彼の後ろにいることもあって、ユートには全く分からなかった。分からなかったが、代わりに、ちょっと動いただけで男を気絶させたのだから、リムウが並大抵の腕でないことだけは理解できた。
ユートは、そこで、さきほど感じた違和感の正体を知った。
リムウは、冒険者ランクBなのである。
それが本当であれば、ユートが助けられるような人ではないのだ。
「何しやがった、てめえっ!」
仲間の男の一人がようやく怒声を放った。