第13話「続いて向かうは、貸し馬車屋。」
ユートは、冒険者協会を出た。
見上げたユートの目に、午後の青空が爽やかに広がっている。
大した時間のロスがなく護衛の冒険者が決まったユートは、自分の幸運を感じた。もちろん、隣国の王女の部下に殺されかかっているという大いなる不運の前ではささやかなものではあるけれど、それでも幸運は幸運である。
ユートは、すばやく辺りを見回すと、近くに、怪しい女の子の姿がないかどうかを確認した。艶やかな黒髪を編んで頭の上に花のような形にして巻きつけている、短剣を手にサーベルを腰にした女の子。ユートはホッとした。どうやらそんな子はいないようだった。もちろん、ユートの目に見えないだけで物陰に潜んでいる可能性もあるけれど、見えないだけでも大分良い。
「なにやらお急ぎのご様子ですが、これからどうなさるんですか?」
のんびりとした声がユートの背に触れた。
ユートは振り返って、青年の顔を見ると、
「貸し馬車屋さんで馬車を借りて、それでイデュー市まで行きます」
と答えた。前もって考えていたわけではない。今、咄嗟に考えたことである。それにしては、正しいことのように思われた。隣市まで行くにしても移動手段が必要である。歩いていけないことはない。イデュー市までは五十リクリ。歩いても一日ほどの距離である。しかし、馬車で行けば、その三分の一ほどの時間で済むし、その上安全でもある。疾走する馬車に攻撃をしかけるには、相手も馬車か、馬にでも乗るしかない。
もちろんユートは無一文であるので、馬車を貸してくれる貸し馬車屋で、冒険者協会に対してと同様に親の信用を盾にするしかないわけで、それがうまくいかない場合もあるだろうが、その可能性をユートは考慮しなかった。言うだけ言ってみるだけである。できなければ歩いて行く他ない。
「マイアードさんは、御はできますか?」
ユートは訊いた。御とは、馬車の運転のことである。できるなら彼に頼み、できなければ御をしてくれる人を雇わなければいけない。もちろん、それは馬車が借りられるという前提の下であるが。
「わたしのことは、リムウでいいですよ」
青年はそう言うと、ゆっくりと一つうなずいて、
「あまりうまくはありませんが、普通に動かすくらいならできます」
請け合った。
ユートは、馬車が借りられた場合も、新たに人を雇わずに済みそうで安心した。危険な状況である。あまり人を巻き込みたくない。ただもうリムウを巻き込んでしまったわけだが、それはそれ、背に腹は代えられないと割り切るしかない。しかし、そう割り切って済ますには、ユートは性情が率直過ぎた。
「お話しておくべきことがあるんです、リムウさん」
ユートは、現在の自分の状態を説明した。
リムウは、物珍しそうな顔で、静かに聞いていた。
ユートは説明が終わると、今の説明を聞いて護衛の依頼を断りたくなったのなら断ってもらって構わない、と続けた。
リムウは、いえいえ、と言って、手を振ると、
「依頼はこのままお受けします。お話をお聞きしますと、公的機関である自警団に対してユートさんを保護しないようにという要請は出されたようですが、それ以上の要請が出されていないのであれば、民間の組織である『冒険者協会』がユートさんに協力することは罪にならないでしょうから、わたしのことはお気になさらずに」
そう続けて、このままユートの護衛を契約通り請け負うことを約束した。
ユートは、全身で感謝した。リムウの言葉が、胸に温かく伝わった。
「でも、一つだけお願いが」
リムウが言う。
何だろうと思ったユートが促すと、
「わたしのことはリムウと呼んでください。さん付けなんかされると体がむずがゆくなってしまいますので」
リムウが微笑んだ。
ユートもつられてほほえむと、「ボクのこともユートと呼び捨てにしてください」と言ったが、「いえ、それは。依頼者さんですから」とやんわりと断られた。
ユートがリムウを後ろにして、歩き出そうとしたときのことである。
「ユートさん」
リムウの声が、ユートを止めた。
振り返ったユートに、リムウは少し引き締まった顔を向けた。
「あの子、ユートさんのガールフレンドですか?」
すっと伸びたリムウの指の先に、ひとりの少女の姿がある。
ユートは息を呑んだ。
金色の髪を短めにした少女である。年は十四歳のユートと同じくらい。膝上までのチュニックに、革のブーツという活発な格好をしている。
少女は、少し離れたところから、ぶんぶん、と大きく手を振ってきた。
「ユート!」
王女の派遣した暗殺者からユートの命を救ってくれた、それにもかかわらずユートが置いて逃げた少女、サヤだった。
サヤは、タッタッと駆け寄ってくると、
「ああ、良かった。見つかって。あなたの家から会う人会う人にあなたのことを聞いて、こっちの方に来るのを見たって言うから、来てみたの。先にリニアに見つかってたらと思ってドキドキしちゃった」
そう言って、屈託のない笑顔を見せた。