第11話「ユートは冒険者を雇います。」
「受付」という木札が立ったカウンターの向こうにいたのは、二十歳くらいの女性だった。フリルのついた、まるで飲食店のウエイトレスのような制服を身につけた彼女は、感じの良い微笑みを浮かべて、ユートを見返した。
「護衛ですね。護衛の窓口は、一番左側になります」
ニコニコと案内をしてくれたお姉さんに、ありがとう、と言って、ユートは五つある受付のうちの教えられたところまで歩いて行った。
冒険者協会とは、冒険者のサポートをするための組織である。大陸にある未踏の地域や、古代に作られた遺跡など、一般市民が怖がって近づかないところに勇躍する冒険ヤロウどもに、武器や食糧、情報などを提供する為に存在する。……と、もともとはそうだったわけだけれど、冒険者の不断のガンバリによって、大陸から秘境が消えてくると、自然、冒険者も流行らなくなるわけであって、冒険者のためにある冒険者協会もその存在意義を考え直す必要に迫られた。考え直すか、消え去るか、である。
その二者択一を迫られた結果、「考え直す」という選択肢を取ることになった。すなわち、その事業を、冒険者のサポートという従来のものから、多方面に拡大したのである。
その一つが、ユートが依頼したいと思っている、旅行者の護衛、だった。市自体はそれぞれの自警団によって治安が保たれているのだが、市から市への間の街道沿いは必ずしも旅行者にとって安全であるとは言い難く、ちょこちょこと盗賊が出たりする。その護衛を協会は請け負うことにしたのである。請け負って、協会に登録している会員に発注する。
冒険者協会に登録している会員というのは、大陸から白紙の地域が消えつつある現在でも冒険者に憧れを持つ無頼の輩のようなものが大半であって、物騒なことを怖がらない。むしろ、本来の冒険の代わりにでもしようというような豪胆な者も多いほどである。旅行者の護衛くらいいくらでも引き受けてくれる。もちろん、お金次第ではあるが。
ユートにはお金は無い。そんなものを持って逃げるヒマは無かった。しかし、お金の代わりに信用がある。父母が築いてくれたものだ。商用で頻繁に市間の街道を行き来する父母は、その度に冒険者協会を利用しており、上得意客のはずである。それをもってすれば、依頼の報酬を後払いにしてもらうこともできるはずだ。ユートはそう踏んでいた。もしもできなければ、単身で逃げるのみである。ユートは腹をくくった。両親に会いに行く。やることが決まると、自然と覚悟も決まるものである。
窓口に、今すぐ隣市のイデューまでの護衛を頼みたいということを告げると、少し待つように言われた。依頼をして仕事をしてもらうのが今の今で大丈夫だろうか、という不安はあったが、気にはしていられない。言うだけ言うしかない。
待っている間に、ユートは、近くにあるテーブルの上に、冊子があるのを見て、その書名を確認したあとに、ハッとして冊子を開いてみた。中に自分の名が無いことを確かめて、ホッと息をつく。その冊子のタイトルは、「賞金首リスト」である。すなわち、各市や、あるいは国から、お尋ね者として追及されている人間のリストだ。生死に関わらず捕まえると、賞金が出ることになっており、賞金首捕獲を専門の仕事にしている協会員も中にはいた。魔王とやらの血縁者ということで王女に狙われているユートは、自分が賞金首としての資格を十分に有していると思ったわけだが、どうやらリストには載っていなかったようだ。
ユートは、窓口のお姉さんが呼んでくれるのを待ちながら、出入り口付近を見張るようにした。短剣を持ったレニアが今にも入って来そうに思われて落ち着かない。ユートは、体をそわそわと動かした。なすべきことをなすための覚悟は決まっても、死ぬ覚悟ができたわけではない。当たり前。短剣を胸に刺されるところを想像してしまったユートは、体が震えてくるのを覚えた。
――短剣、短剣……。
心の中で短い刃を思い浮かべていると、ユートの体が自然とあるポーズを取った。
それは、きゅっと体全体を縮めるようなポーズであり、人体の急所が存在する頭から股間に至るラインを隠すようなポーズである。ユートは近接格闘のトレーニングを受けており、それは短剣や拳から身を守るための構えの一つだった。習ったのはもちろん師であるゲンジからである。
――そうだ、ゲンジ先生!
ユートは、そこで師のことに思いが至った。同時に、自警団の副団長のアドバイスの意味が分かった。彼女は、一番信頼できる人を頼れ、と言った。それはすなわちゲンジ師を頼れと言ったに違いない。
ユートは、今の今まで師に頼るという選択肢を考えなかった自分を不思議に思った。
――先生を頼れば!
これほど頼りになる人はいない。
胸を明るくするユートの耳に、窓口のお姉さんの声が聞こえてきた。
「ユートさん。ユート・カートさーん」
師を頼りにすれば冒険者協会員を雇う必要もない。
とっさにそう考えたユートは、依頼を取り消した方がいいかもと思いつつ、窓口に近づいた。