第10話「失意のユート。」
ユートは、執務室を出ると、玄関を抜けた。
空はすっきりと澄んで遥かに高い。嫌味なほど良い天気である。
――これから、どうしよう……。
自警団に来れば後はどうにかしてくれるだろうからその指示に従えば良いと、そう思い込んでいたユートは期待があっさりと破られて、この先どうして良いか分からない。ユートは門をくぐる前に、副団長の最後のアドバイスを考えた。一番信頼できる人を頼れと言っていたが……。
ユートは、がりがりと頭をかいて、黒髪を乱した。一番信頼できると思って、自警団に来たのである。その自警団が頼りにならなかった現状で、誰を頼れと言うのか。
門柱の陰から、外をこそこそと見回したが、周囲に怪しい人影は見えなかった。レニアの姿は見えない。もっとも、王女殿下の直属の部下である。こちらに分からないように気配を消すくらいのことはするかもしれない。ユートは、門内から外に出たくなかったが、出ないわけにもいかず、そもそも中にいたところで安全であるわけでもないのだから、思い切って、足を踏み出した。
踏み出した足を向ける先は無い。
しかし、グズグズしている時間も無い。
ユートは、とりあえず家とは反対方向、すなわち街の中心部へと向かって、早足で歩き出した。人がいるところの方が安心できると思ったのである。本当にそうかは分からないが、それをいちいち検討している余裕は無い。
大通りに出ると、たくさんの人が行き来していた。ユートは人の群れに交じって、当てもなく歩きながら、この多くの人の中に自分を助けてくれる人は一人もいないのだと思うと、寒々しいものを覚えた。とはいえ、ユートだって、仮に彼らのうちの一人が危険に陥ったときに助けの手を差し伸べるのかと言えば、そんなことはしないわけだから、
「何で誰もボクを助けてくれないんだ!」
などと言って、人を批難するわけにはいかないわけだが、失意の彼にはそこまでの頭は無い。
ユートは、きょろきょろと周りを見ながら、歩いた。一つには、レニアの姿が無いか警戒するため、もう一つには、今後の行動の指針を探すためである。せめてそのヒントなりとも。道行く人は、あからさまに挙動不審なユートに対して憐れみの目を向けながら通り過ぎた。
歩いていたらいつの間にか、大通りが切れるところまで来てしまった。ユートは回れ右をすると、またぞろ大通りを歩き始めた。判断力。ユートは自分にその力が無いことを認めざるを得ない。状況を分析して正しい行動をする力。そういうものが自分には欠けている。何をすれば良いか、全然分からない。
父と母がいてくれたら……。
大通りを折り返して半分くらいのところに来たとき、ユートはそう思った。そうして、ハッと顔を上げた。両親はどうなのだろう。クヌプスの血縁に当たるということで自分が狙われているのだとしたら、当然、両親も狙われているはずである。
ユートは、ようやくそこに思い至った自分の親不孝ぶりに、深く恥じ入る気持ちだった。突然の事態だったとはいえ、両親のことを完全に失念していたとは。
両親のことに思いが至ると、ユートはいても立ってもいられなくなった。今まさに父と母に凶刃が迫っているかもしれないと思うと、かつて感じたことのない恐怖に襲われた。同時に、今何をなすべきかが決まった。
この町を出て、両親が滞在している隣市へ行く。
両親の無事を確かめてからその後のことはその後で決めれば良い。というか、両親に決めてもらえば良い。
よし、と思ったユートは、
――そのためにできることは……?
と考えた。急に頭の中がクリアになってきた。雑然とした思いが消えて、思考に張りがでた。
ユートは道の真ん中で立ち止まると、くるりと向きを変えて、走り出した。
人波を縫うようにしてユートは走った。道行く人と肩がぶつかって罵声を浴びせられたりしたが、ユートは気にしない。気分は高揚している。さっき走ったときは現状から逃げるためであったけれど、今度は現状に立ち向かうための疾走である。
少しして、ユートの前に、大変に趣のある……と言えば聞こえは良いが、つまりはかなり古ぼけた建物が現れた。えいやっと壁を蹴ったらそのまま崩れてしまいそうなほどおんぼろな木造建築である。平屋で広さはかなりある。縦に長い看板に、
「ようこそ、冒険者協会ジハラ支部へ」
とある。
ユートは、アーチ型の入口から中に入った。
外観はぼろかったが、中はなかなか綺麗にしているようで、目安い室内だった。大きく取られた窓からはいっぱいに日の光が差し込み、床を濡らしている。そちこちに配された観葉植物の緑が目に心地よい。室内の一方に、丸テーブルがゆったりとした間を取って並べられているスペースがあり、また一方に、窓口のようなものが五つほど整然と作られていた。
ユートは、入ってすぐのところにあるカウンターへと向かった。
「隣町までの護衛をしてくれる人を探しているんですけど」
ユートは、受付のお姉さんに向かって、身を乗り出した。