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--大丈夫、やってみせるわ。
今日は王太子殿下の誕生祭だ。
アナベルの宣言通り、シェリルは1月ほぼ家にこもってダンス教師の厳しいしごき、もとい授業を受けた。なお、アーノルドは甘やかすからと練習日以外は会えなかった。悪夢にうなされるぐらい練習したおかげで身体も心も鍛え上げられた。今ならダンスホールの端から端まで踊れそうだ。
馬車の窓に映る自分の姿に意気込むシェリルに隣に座ったアーノルドが窓の外を指さす。
「少し見えづらいけれどあそこに時計塔があるんだ。夜になると見張り番たちが灯りをともしてきれいだよ」
「あ、本当だ見えた。きれいね、何だか月がたくさんあるみたい」
「だろ。仕事帰りにあれを見るのが楽しみなんだ」
普段夜に出かけないシェリルにとって灯りに照らされる王城はまるで夢の世界のようだ。煌びやかな宝石に彩られた王冠のような景色にうっとりする。
「こうしてシェリと王城に来るのは初めてだな。踊り終わったらゆっくり楽しもうな」
「うんっ、どんなスイーツが出るのか楽しみ!」
「ははは、イチゴがたくさんあると良いな」
この1か月、くじけそうな時にはアーノルドに聞いたパーティーに出る豪華なスイーツを思い描いて乗り越えた。ついつい勢いよく食いついて笑われたが、シェリルなりにがんばったのだからご褒美がほしい。
馬車が着くとアーノルドの手を借りて降りる。
今日の彼は白を基調にした服で一見シェリルの色は胸元の金とエメラルドのブローチだけだが、裏地に瞳の翠色を使っている。彼曰く「婚約者と触れた時に彼女の色がのぞくのが粋なんだってアドバイスされたんだ」と照れくさそうに笑っていて、シェリルも胸がきゅんとした。
シェリルもまたアーノルドの瞳の碧色のドレスだ。すっきりとしたラインとスカートに重ねたレースで動きやすさと大人のエレガントさを出しつつ、胸元のリボンで愛らしさをアピールしている。新しい婚約者とともに久しぶりに社交界に出るシェリルを力づけてくれる頼もしい装いだ。
アーノルドに王城のことを聞きながらダンスホールに着くと既に人が集まっていた。
別の馬車で出た家族や知り合いがいないかときょろきょろしていると友人の伯爵令嬢に声をかけられた。それをきっかけに知り合いたちに次々と話しかけられ、新しい婚約を祝われる。アーノルドが友人と話し込んでいるとふいに強い視線を感じた。
そちらを見ると誰かと喋っているヴィンセントから少し離れたところに立つパールディアがシェリルを見つめていた。婚約者の知人が話しかけたそうにちらちらと視線を送っているにも関わらず、無関係のシェリルをにらみつけてくるその粘着質さに肌がぞわりとする。
しかし、ここで引き下がったらますます図に乗ってからんできそうだ。お邪魔虫ごときにダンスの披露とアーノルドとの時間を邪魔されてたまるものか。
シェリルは社交術も教えてくれたダンスの先生の教えを思い出して顔をきっと引き締めてにらみ返した。効果があったのかヴィンセントがパールディアの腕を引いて話の輪に加わらせる。
やり返してやったことに満足してふんっと胸を張るとアーノルドが不思議そうに見る。
「急に見慣れないものを見つけた猫みたいな顔してどうしたんだ? 面白い物でもあったか?」
「違うわ! 威嚇していたのっ」
渾身の一撃がまさか自分を良く知るアーノルドに通じなくてシェリルはショックのあまり素で返した。しかし、アーノルドの友人がうつむいてぷるぷる震えているのを見て、内心悔しく思いつつも笑顔を作ってごまかした。
そうしているうちにダンスの時間になる。アーノルドとともに中央に進むと2階席に座った王太子殿下と王太子妃が微笑みかけてくる。その高貴な姿にきゅっと身が引き締まるとアーノルドがそっとささやく。
「終わったらご褒美だな」
「うん、フルーツ系は全部食べたい」
いつもの軽口に心が軽くなる。曲が流れゆったりと踊り始める。ふんだんに魔石を使ったシャンデリアのまばゆい明かりに、この日のために練習しただろう人々の誇らしげな笑顔と華麗なステップが照らしだされる。
シェリルもまた笑顔のアーノルドにリードされてまるで羽が生えたかのように軽やかに踊る。始まる前までは不安と緊張の方が強かったのに、今はアーノルドに合わせて自然と動けるのが楽しくて、時折自分の翠色をのぞかせる彼を見つめていつまでも踊っていたい。
――今日、アルと一緒に踊れて良かった。
アナベルの言った通り、この幸せは今ここに立ったから感じられたのだ。必死に練習して良かったと心から思う。
曲が終わると王太子と王太子妃が拍手を送り貴族たちもそれにならう。城中に響いているのではないかというぐらいの祝福に誇らしさで笑みがこぼれる。アーノルドを見上げると彼もまた同じように微笑んだ。
拍手がおさまると王太子が話し出す。
「皆、素晴らしい腕前だった。今宵、大勢の者たちが集まり、私への祝儀に美しい光景を披露してくれたことに心から感謝する。このことは一生の記念とする」
微笑んだ王太子妃がどこか懐かしい優しい声で続ける。
「皆、ぴたりと息のあった華麗なダンスでした。美しさと躍動感に見惚れてあっという間に終わってしまったのが惜しいぐらいです。
ダンスは2人で披露するもの、それにはお互いに自身の身を預ける信頼が必要です。ここに集まった方々はその固い絆を身をもって披露してくれました。信頼は人々を繋ぎ国を作っていく輪です。我が国にこれからの未来を作る者たちが大勢いることを知って心からうれしく思います。
素晴らしい時間をありがとう。次回もまた会えることを楽しみにしていますよ」
最後にちゃめっ気たっぷりに笑った王太子妃のアメシストの瞳がこちらに向けられた気がしてアーノルドを見上げると、シェリルに向けてへにょへにょな顔をする。その情けない顔にシェリルも笑う。
――アルがいて良かった。
彼と婚約してからシェリルはいろんな楽しみを見つけてたくさんの人々と出会った。
王太子妃の言うような国のためになる未来を築けるかはわからないけれど、たくさんの人々にもらった愛と喜びをシェリルも返していこう、そう思った。
「ふふっ。アル、すごい顔よ」
「ああ、うん。わかっているけれどさ、あんな露骨に無茶ぶりされると、その、後が怖くてだな」
「そう? でも、ここにいる皆は出るんだろうし、私もできたらまた出たいな」
「……………………がんばるよ」
なぜかがっくりと肩を落としたアーノルドにシェリルはきょとんとした。




