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それからシェリルは足しげく魔道具研究所に通い始めた。残念ながらコーディとは会えないが、アーノルドの同僚たちと仲良くなりいろんな話を聞くのが楽しみになった。
それと同じくして親しい友人とのお茶会にも参加するようになった。友人たちは皆シェリルが元気になったこととアーノルドとの婚約を祝ってくれ、何人かには素敵な婚約者様と会うのが楽しみだとからかわれて気恥ずかしくなった。
そんなある日、アーノルドが同僚にすすめられたというシェリルが好きなフルーツを使ったタルトが人気のカフェに出かけた。しかし、見慣れた外観を見た時にうきうきしていた心が針で突いたようにしぼんでいくのを感じた。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「ううん、大丈夫。良く来ていたお店だったから驚いたの」
ちくちく痛む心をアーノルドに気づかれないようにしまいこんで今に集中する。しかし、恋人と笑いあいながらゆっくりと季節限定のイチゴのパフェを食べる女性の姿を見た瞬間、心の奥底に沈めた過去がよみがえる。
このカフェにはヴィンセントと良く来ていた。彼と少しでも長く一緒に過ごしたくていつもボリュームのある苺パフェを頼んでいた。特にこの時期のイチゴをふんだんに使ったスペシャルパフェは一番好きなスイーツだった。
思い出すと嫌悪がこみ上げてきて、あんなに好きだったおいしいパフェもイチゴも目にするのも嫌になる。
「……シェリ? シェリル」
「あ……」
アーノルドに名前を呼ばれて我に返る。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい、何を頼もうか迷っていたの」
「そうか? それならいいが」
せっかくアーノルド過ごしているのに、終わったことをいつまでもうじうじと引きずって彼を心配させてしまったことに申し訳なくなる。シェリルは軽く頭を振って気持ちを切り替えると、心配そうな顔をするアーノルドに微笑んで彼のおすすめのフルーツタルトを頼んだ。
甘くてカラフルなフルーツとそれを引き立てるクリームが詰まったタルトはとてもおいしくて幸せになる。アーノルドに分けてもらったケーキもおいしくて、自然と気持ちがそちらに向いて話が弾んだことで帰るまで嫌な痛みも忘れられた。
でも、残念だけれど嫌な思い出があるこのお店はもう二度と来ないことにしよう。ほっとしながら職場へのお土産を選ぶアーノルドを置いて先に馬車に向かう。馬車まであと少しというところでふいに「シェリル様」とか細い女性の声に呼ばれた。
振り返ると潤んだペールブルーの瞳でじっとシェリルを見つめるパールディアと罰の悪そうな顔をしたヴィンセントが立っていた。
その固く繋がれた手にわずかに心が痛むも、それ以上にこれまではシェリルを無視してきたパールディアが馴れ馴れしく声をかけてきたことに、自分でも驚くほど怒りがこみ上げてくる。
「何か?」
自分から声をかけてきたのに黙りこむパールディアに苛立って冷たい声を出すと、彼女はおびえたような顔でヴィンセントの手を強く握る。そのいつだって自分を守ってくれる義兄にすがりつく姿に忘れていた彼女へのドロドロとした嫌悪がこみ上げてくる。たかぶる感情のまま口を開こうとするとアーノルドの声が聞こえた。
「シェリ、お待たせ。……おや、ごきげんよう。2人でお出かけですか?」
「ええ」
アーノルドは2人に気づくなりシェリルに寄り添ってにこやかに話しかける。見知らぬ人に話しかけられておびえる義妹を庇うようにヴィンセントが固い表情で返事をするとアーノルドは朗らかに続ける。
「それは仲がよろしいですね。私もこのお店は婚約者が好きなフルーツを使ったスイーツが絶品だと聞いて、彼女を誘って一緒に来たのですが、想像以上に素晴らしい味でした。愛する婚約者と過ごしたとても良い思い出になりましたよ」
「愛する婚約者」と強調するように呼ばれて抱きよせられる。驚いて見上げるとアーノルドの顔が触れられそうなぐらい近くにあってどきりとする。でも、自分を包む温かくて頼もしい身体に勇気をもらう。
「私もとっても楽しかった。あのタルトもアルが分けてくれたケーキも、いろんなフルーツが入っていてたくさんの味が楽しめたわ。連れて来てくれてありがとう、アル」
お礼を言うと一瞬目を丸くしたアーノルドも「シェリはおいしそうに食べるから俺も見ていて楽しいよ」とふわりと笑う。そして、強ばった顔でこちらを見つめるヴィンセントに冷ややかに微笑んだ。
「あなた方も良い時間を過ごせることを願っていますよ。では、これで」
アーノルドに肩を抱かれて守られるように歩き出す。彼の機転のおかげで気まずい場からうまく逃げ出せてほっとするとふいにパールディアの耳障りな声が響いた。
「待って! 婚約したなんて嘘でしょう!?」
「パール!? 何を言い出すんだっ」
「聞くな、行こう」
アーノルドに低い声で促されて足を進めようとしたが、パールディアのとがった声が突き刺さる。
「だって、シェリル様はまだヴィン兄様が好きなんでしょう!?」
その言葉にさっきから溜まっていたものが爆発した。
「人を馬鹿にするのもいい加減にして!! あなたたちなんか大嫌いっ!! もう私に話しかけないで!!」
反射的に怒鳴り返して、シェリルはその怒りと憎しみのこもった自分の恐ろしい声にショックを受けた。
いつまでも自分を苦しめる2人への怒りとそれでも幸せな思い出を捨てられない苦しみ、いつも気づかってくれる優しいアーノルドへの後ろめたさがぐちゃぐちゃになって、涙があふれる。
「アル、ごめんなさい……」
人前で元婚約者たちと言い争ったあげく、醜い感情をむきだしにして怒鳴りつけたなんて、いくら優しいアーノルドだって軽蔑するだろう。
――せっかくのお出かけを台無しにしてアルにまで迷惑をかけて、最低。
アーノルドの顔を見られなくてうつむいて駆けだして馬車に飛びこんだ。長く仕える御者は驚いていたがすぐに扉をしめるとゆっくりと動き出す。1人になったシェリルはクッションに顔をうずめて泣きじゃくった。




