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シェリルは鏡に映る自分をまじまじ見つめた。後ろからのぞきこんだアナベルがくすくす笑う。
「今からそんなに気合を入れていたら途中で疲れるわよ」
「う、気をつけるわ……」
今日はアーノルドとお出かけだ。アナベルと支度を手伝うメイドたちがなぜか笑いをこらえているのを不思議に思いながらも何度も鏡を見ているとメイド長が呼びに来た。飛び出すように廊下に出てマナー違反ぎりぎりの速度でホールに降りるとアーノルドが母と一緒に待っていた。
「おはよう。約束の時間よりも早いが、準備はもういいのか?」
「おはよう! うん、大丈夫。行きましょう」
「ふふっ、シェリルは本当にわかりやすいわね。アーノルド君、娘をよろしくね」
「任せてください、伯母上。では、行ってきます」
思わず元気いっぱいに返事をすると母とホールにいた使用人たちに笑みを向けられる。子ども扱いにむすっとするとアーノルドに手を差し伸べられて重ねる。そのまま馬車までエスコートされて一人前のご令嬢扱いにちょっぴり誇らしくなる。
最初の行き先はアーノルドが休日に立ち寄るという魔道具店だ。彼はせっかくのお出かけに自分の用事に付き合わせるのはと渋ったがシェリルが行きたいとせがんだ。顔なじみの店主と熱心に話しこむ彼から離れて魔道具や魔石を見てまわる。
研究所を訪れてからシェリルは魔道具に興味を持って父の書斎にある本を読み始めた。本で見た物が見つかると面白い。ついつい小声で呟きながら魔石や展示品をのぞきこむ。
「これが天然の魔石でこっちは魔獣からとれた魔石。見分け方は中の魔力が動いているかどうか。……あ、このオペラグラスは魔石が使われていて拡大できるのね。わ、すごい。屋根にとまっている鳥がはっきり見えるわ」
「そのオペラグラスを使えば舞台の演者たちから、古代の研究者が紙の角にまでぎっちり書き込んだ古文書の文字まで読める。まあ、文字とただの線の書き分けができない悪筆はわからないが」
「ひゃっ!?」
ふいに後ろから話しかけられてシェリルは飛び跳ねた。慎重にオペラグラスを置いてそっと振り返るとフード付きのローブを着て目元を覆う銀の仮面をつけた女性が立っていた。奇抜な姿に何と声をかけていいか固まったシェリルに女性はいたずらっ子のように笑う。
「驚かせてすまない。ここは魔道具の研究者か熱心なコレクターぐらいしか来ないのでな。つい声をかけてしまった。私はコーディ。あいにく家名は言えないが、王立魔道具研究所の者だ、良かったら解説をしようか?」
「シェリル・エマリーと申します。ありがとうございます、よろしくお願いいたします」
気さくな雰囲気とアーノルドと同じ職場の研究者だという安心から好奇心がむずむずとこみ上げてくる。それにどこかで声を聞いた気がするが会ったことがあるのだろうか。
「このオペラグラスはどういう仕組みでできているんですか?」
「これは中に透明な魔石を削ったレンズを入れて見え方を調整しているんだ。この魔石がそうだな。これをこうして……」
こういったことには慣れているのかコーディはシェリルの質問にわかりやすく答えてくれる。ついつい夢中になって話し込んでいるとふとコーディが尋ねる。
「エマリー伯爵は魔道具のコレクターで有名だな。シェリル嬢も魔道具に興味があるのか?」
「ええ。でも、アル……ラスカ伯爵令息と婚約してから勉強を始めたばかりで。知らないことばかりです」
恥ずかしさに小さくなるとコーディはふわりと笑った。
「それは熱心だな。私たちのように何かを見つけようと飽くなく探し続ける者には、君のような同じものを見て素直な意見をくれる子がいるととても心強い。ラスカは良いパートナーに恵まれたな」
その優しいまなざしと言葉に胸がじんわりと温かくなるも、小さな針が混ざっていたようにちくりと痛む。
アーノルドを知っているらしい彼女はそう言ってくれているのはうれしいが、婚約してからもシェリルはアーノルドに甘やかされてばかりだ。優しい彼の役に立てているんだろうか。
心の中でぐるぐると不安が渦巻くとアーノルドが血相を変えて駆け寄って来た。
「ひ……副所長!! また1人で勝手に抜け出して来たんですかっ!!」
「そう心配するな、ラスカ。見ての通りただの買い出しだ。護衛もその辺にいるから安心しろ。そうそう、おまえが渋って一向に会わせようとしない婚約者と話していた。シェリル嬢はとても熱心だな、目の付けどころも良い」
2人の激しいやりとりに目を丸くすると、シェリルに気づいたアーノルドが慌てて隠すように立ちふさがる。
「うちのシェリに何をしていたんですか!? まさか”クマたんくん”のように気に行ったからと連れて行こうとしていませんよね!? あの子はまだ良いですけどシェリは絶対にダメです!!」
「それは良い考えだな。ラスカの知恵の妖精には私も含めて皆会いたがっている。それに、上司は部下の家族を丁重にもてなす義務があるからな。やはり研究所の皆を集めてラスカの婚約祝いパーティーを開くとしようか」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだとも。シェリル嬢ならなおさら大歓迎だ」
尋ねるとコーディはにっこり笑い、アーノルドは悲鳴のような声を上げる。
「お断りしますっ!! 副所長っ、さりげなく俺の婚約者を口説くのはやめてくださいっ!!」
「ははは、ラスカは恥ずかしがり屋だな。シェリル嬢、いつでも研究所に遊びにおいで。このヘタレがいないところでまたゆっくり話そう」
「ダメですっ!!!」
髪と同じぐらい顔を真っ赤にして叫ぶアーノルドをまるっと無視してシェリルに手をひらひらと振ると、コーディと名乗った女性は軽やかに去って行った。シェリルはぜえはあと息を荒げるアーノルドの背をさすった。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう、大丈夫だ。副所長はまぎれもない天才なんだが、護衛を撒いてしょっちゅう脱走するわ、憐れな部下を振りまわすわの、破天荒な人なんだ。
研究所はああいう才能の代わりに常識を捨てた人間ばかりで危ないからな。来るときは必ず俺を呼ぶんだ、絶対に1人で来ちゃダメだぞ」
コーディともっと話をしたかったが、真顔で詰め寄られて仕方なくうなずく。ほっとしたように肩を落とすアーノルドにさっき不思議に思ったことを聞く。
「ねえ、知恵の妖精って何?」
何気ない質問なのに赤みが薄れてきたアーノルドの顔が再び真っ赤になる。そんなに変なことを聞いただろうか。シェリルがじっと見上げるとアーノルドは目を泳がせていたが、やがて観念したように口を開いた。
「それはだな……。その……」
「その?」
「その、シェリがいるとやる気が出るってことだ。俺が魔道具を作ろうと思ったのは、シェリが喜んでくれたことがきっかけだったから。そうやって喜んでくれる人がいると思うとがんばれるんだ」
そう言って照れくさそうに笑う彼に、幼い頃ワクワクしながらのぞきこんだ万華鏡の美しい景色が思い浮かぶ。
アーノルドはいつもシェリルに溢れんばかりの愛をくれる。そんな大好きな人に自分も愛を返せている、それがわかって喜びで心が溶けてしまうのではないかと思うぐらい熱くなる。
そこでようやく気づいた。
――自分はアーノルドが好きで、彼が見ている世界を一緒に見たいのだと。
「私もアルが大好き。これからもずっとあなたの作る魔道具を見たい。だから、これからも一緒にここに来てもいい?」
言いたいことはたくさんあるのに結局言えたのはそれだけで。でも、彼はシェリルを包み込むように微笑んだ。
「もちろんだよ」




