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アナベルの忠告通り父はかわいがっている甥でも婚約を渋ったが最終的には母に説得されて認めた。それからアーノルドはちょくちょく家に遊びに来るようになった。陽気な彼は皆に歓迎されシェリルも気心知れた彼と過ごすのが楽しみになった。
ある日、アーノルドに贈る刺繍を施したハンカチを包んでいると、隣で夫のハンカチを包んだアナベルが悪戯っぽく笑った。
「お互いに良いできね。そうだ、せっかくだから直接届けましょうか」
「行ってみたいけれど、魔道具研究所って普通の場所よりも警備が厳しいんじゃないのかしら」
「話をするだけだったら大丈夫よ。ダメだったら呼び出してもらえばいいわ」
いきなり押しかけるのは緊張するが、そんな堅苦しそうな場所で大らかでお喋りな彼がどんな風に働いているのか気になる。仲睦まじい夫のためにうきうきと支度をするアナベルにうながされて、せっかくだからとティータイムに用意してあったスコーンを詰めたバスケットを持って向かった。
王宮の事務棟にはときどき父に届け物がある時に母か姉と一緒に訪れるぐらいだ。活気のある空気ときびきびと歩く人々の姿が物珍しい。慣れた足取りで進む姉に置いていかれないようにしつつ辺りを見まわしているとふいに脇から人が出てきた。
「すまない。って、シェリとアナ?」
声がした方を見上げてシェリルは目を丸くした。そこには赤みがかった金の短い髪を丁寧に撫でつけ笑みを浮かべたアーノルドが立っていた。口調こそいつもの彼だが、いつも好んでいるゆったりした服ではなく、落ちついた色合いのかっちりした制服を着こなした凛々しい姿に胸がどきどきする。
「叔父上か義兄上に会いに来たのか?」
「ええ、私はね。シェリはあなたに会いに来たのよ。じゃあ、後はよろしく」
にこやかに告げるとアナベルはまじまじとアーノルドを見つめるシェリルを置いてさっさと行ってしまう。急にとり残されておろおろしているとアーノルドが照れくさそうに笑う。
「この姿、驚いた?」
「う、うん。何だかお父様みたい」
「ははは、それはうれしいな。これでも一応は王宮勤めだし他部署の人たちにも会うからさ、仕事中はそれなりに見られるような格好をしているんだ。……おっと、すまん。俺に用事ってどうしたんだ?」
「ハンカチができあがったから届けに来たの。あと、良かったらこれ、お茶の時間にどうぞ」
いつも通りの調子の彼に気をとり直してスコーンが入ったバスケットを見せると喜ぶ。
「おおっ、良い匂い。ありがとうな、シェリ。……そうだ、よかったらお茶を飲んでいかないか? ちょうど良い葉が手に入ったんだ」
「うん、喜んで」
せっかくだからアーノルドの仕事場を見てみたい。わくわくしながら付いて行くと休憩室に通された。内装は普通の部屋だが壁際のカウンターにはずらりと魔道具らしきものが並んでいる。
アーノルドは金属製の箱の中にスコーンを入れると、金属でできた円盤のようなものの上にのった大きなティーポットのような形をした魔道具に水を入れる。しばらくしてポット型魔道具から湯気が立ち昇るとお湯をティーポットに注いでお茶の支度をする。まるで手品師のような鮮やかな手つきに見とれていると、箱からスコーンを取り出してお皿に盛りつけて運んでくる。
「お待たせ。熱いから気をつけて食べるんだぞ」
「あ、本当だ。作りたてみたい」
「だろ。あの箱魔石オーブンっていうんだけれど冷めた食べ物や飲み物を温められるんだ。で、隣にあるのは魔石ポット、いつでもお湯が沸かせる」
「いつでもできたてのような食事がとれるの? それってすごく便利ね、すごいわ」
シェリルが感心するとアーノルドもにっこりと笑う。
「だろ。これができたのは仕事が好きすぎていっそここに住もうと思った天才研究者が、自分が快適に生活できるような魔道具が欲しいと思ったのがきっかけだったんだってさ。
王宮魔道具師が作る魔道具って、もっと世のためたくさんの人のために役立つでっかくてすごい物だって思っていたけれど、自分のために役立つ物を作っても良いんだって驚いたよ」
「うん、とっても素敵ね。いつもは屋敷の皆にやってもらっているけれど、自分でできたらとても面白そう。アルもこういう物を作っているの?」
「ああ、おもちゃみたいな物だけれどな。この間作ったテディベアが肩と背中を叩いてくれる”クマたんくん”は好評だったんだが、残念ながらあの愛らしさに惚れこんだ副所長に設計図ごともらわれてった」
「ふふふ、きっととってもかわいい子だったのね。見たかったな」
「ああ、俺もシェリに見せたかったよ。そのうち改良品として世の中に出てくるのを期待するよ。……そうだ、便利な物といえば新型馬車ができたんだ。クッションと車輪を改良したから乗り心地が良く……」
アーノルドは昔から魔道具が好きで、遊びに来た時に父がいると一緒に魔道具いじりに熱中していた。
ある時、アナベルが誕生日にもらった万華鏡がついたオルゴールがきれいでうらやましいと言ったら、アーノルドは魔石の欠片を使った小さな万華鏡を作ってくれた。大喜びしたシェリルはいつも持ち歩き、それに対抗心を燃やした父が魔道具を買い集めて母に怒られたのは良い思い出だ。その時の万華鏡は今も大事に使っている。
やがて成長した彼は父の紹介で師匠について本格的に魔道具の勉強を始め、2年前に念願の王立魔道具研究所に就職した。幼い頃からの夢を叶えて自分の仕事を誇らしげに語る彼は活き活きとしていて、ふと見せるいつもとは違う大人の顔に心がどきりとする。
「……叔父上も見に来てずいぶんと気にいっていたから、伝手を使って確保しているんじゃないかな。そうしたら、シェリも好きなところに出かけられるな」
「そうね。そんな乗りやすい馬車ができたら遠くに出かけられそう。そうしたらアルと一緒に出かけたいな」
シェリルが何気なく言うとアーノルドは一瞬目を丸くして、ふわりと笑みを浮かべた。
「ああ、俺もだ。一緒に行こう」
いつもと同じ優しい声がなぜかとても甘く聞こえて。シェリルはやけに大きく聞こえる心臓の音が聞こえないかひやひやしながらしっかりとうなずいた。




