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あの後、シェリルは約束どおりアーノルドと一緒に王宮のスイーツを食べた。食べ終わって満足しているとアーノルドの同僚が仕事の件だと呼びに来て盛大に不満をもらす彼を見送る。
副所長からプレゼントがあるとアーノルドの同僚の女性に付いて行くと、彼女は途中で「忘れ物をしてしまったからこの先の廊下で待っていてほしい」と慌てて走って行く。
言われた通りに進むと人気のない廊下の真ん中にパールディアが立ってこちらをじっとりと見つめていた。浮かれていた心がしぼみ代わりに「いい加減にしてよ」とうんざりした感情がこみ上げてくる。
「何か?」
露骨に嫌気がにじんだ声にパールディアはぴくりと肩を震わせたが、面倒になったシェリルが無言で通り過ぎようとすると甲高い声を出す。
「待って! 新しい婚約者と仲良くしているのはフリなんでしょう? だって……」
「あなたの妄想を押しつけるのもいい加減にしてよ。ブラーゼ伯爵令息のことは一時は怒っていたけれどもう何とも思っていないわ。私は婚約者を愛していて今が幸せだもの。
それと、私、昔からあなたのことが大嫌い。もう二度と話しかけてこないで」
一気に言いたいことを吐き出して今度こそ離れようとするとパールディアが腕を掴んでくる。振り払おうとするも強い力でつかまれ、涙がこぼれる水色の瞳できっとにらまれる。
「そんなの嘘よっ! あんなにヴィン兄様を愛していたのにあっさり諦められるはずないわっ!! 私だって裏切られてもまだハリーのことを愛している、今すぐにでも飛んでいって彼に会いたい!
でも、家に帰ったらヴィン兄様が待っていて、私が好きだって言われて……。実の家族がいない私がそんなの断れるわけないじゃない」
パールディアは涙に濡れた目に怒りと恨みをこめてシェリルをにらみつけた。
「兄様はあなたと別れると言い出してあなたが受け入れて婚約を解消したから、私は婚約させられたの!! 本当は嫌だったのにっ!
でも、我慢して受け入れても社交界では私は笑い者にされて、あなたはいつもそうやって優しい家族と婚約者に囲まれて笑っている!!
こんなのひどいわっ!! あなたは何でも持っているのだから、1つぐらい私の願いを叶えてくれたっていいじゃないっ!! ヴィン兄様と婚約してよっ、私を自由にしてっ!!」
パールディアの叫び声が廊下に響き渡る。その悲痛な声にシェリルは怒りよりも憐れみを覚えた。
――彼女はこうなっていたかもしれない自分なのかもしれない。
婚約解消してからシェリルは自分自身と向きあってヴィンセントへの恋を完全に捨てた、と思っていた。
けれども、あの後新しい婚約者とうまくいかなくて別れたことを後悔したら。社交界で浮気されて捨てられた令嬢だと理不尽な悪意を浴びせられたら。本来なら自分だったはずのパールディアの幸せな姿を見せつけられたら。
シェリルの心はずたずたに傷ついて壊れていただろう。そして、ヴィンセントへの未練とパールディアへの恨みを引きずっていたかもしれない。
そうならなかったのはアーノルドがシェリルを愛してくれたから。そして、悲しみも幸せな過去も自分の一部で、無理にその時の想いを捨てたり変えたりしなくていいと、シェリルの気持ちを肯定してくれたから。
だから、シェリルは自分で愛してくれる人に二度目の本気の恋をして彼と一緒に幸せを見つけようと決めた。
昔からシェリルを嫌っていて何かと傷つけてくるパールディアのことは大嫌いだ。でも、これだけは助けてやりたい、そう思った。
「そうね、あなたのこと少しだけ気の毒に思う。でも、本気でその願いを叶えたいのなら、あなた自身がどうしたいのか考えて自分で動くのね。ただの他人の私にやつあたりされても迷惑だわ」
「そんな、ひどい……」
「王宮でいきなり他人をつかまえてわけのわからないことを怒鳴り散らすあなたの方がひどいわよ。
そんなに言いたいことがあるのならば、わざわざ嫌いな相手に助けを求めるような図々しいあなたを見捨てずに愛しているブラーゼ家の人々に言いなさいよ。
あなたに言わせれば何でも持っている私を捨てて、あなたを婚約者に選んだのだから」
付け加えた皮肉にパールディアの顔に一瞬笑みが浮かぶ。
その顔を見てすっと同情が消える。腕を掴む力がゆるんだ隙に思いっきり手を振り払う。
――これで最後、もう二度と関わらない。
シェリルは床に倒れ込んで責めるような目で見上げるパールディアを嫌悪をこめて冷たく見下ろした。
「あなたは都合よく忘れているようだけれど、エマリー家とブラーゼ家は婚約を解消する時に”お互いに関わらない”と契約を結んでいるの。それにこの間のカフェの件でブラーゼ伯爵はあなたの代わりに気の毒になるぐらい謝ったと聞いているわ。
でも、今の顔を見るとあなたはあなたを助けてくれている優しい伯爵様に迷惑をかけてでも大嫌いな私を貶めたくて、わざとひどい嘘をついて私の婚約をなくそうとしているのね。良く分かったわ。
このことは私を愛してくれるお父様と婚約者様、私の婚約を祝ってくれる友人たちにしっかり伝えておくわ」
「そんなっ、ひどいわっ!! 待って、誤解よ……」
ドレスのスカートに足をとられたパールディアが無様にもがいているのを無視して、シェリルはちょうど戻って来たアーノルドの同僚と一緒に鍛えた足を活かしてさっさと歩き出した。




