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第7話 私だけの特別

 入学から一ヶ月も経てば、日中は暖かくなり、初夏の木々は青々と光っていた。

 この頃になると、小鐘の努力も実り、クラスメートとの関係も、部活内での関係も、かなり改善してきていた。


 もう少し人間関係の構築に時間を割きたかった小鐘だが、小鐘たちの通う学校では春に体育祭がある。

 六月の頭に行われる体育祭は、どうやら生徒会主導で行われるらしい。

 新入生は入学間もないというのに、体育祭とやらの設営が着々と進められていた。あるいは、体育祭を通して、クラス内の団結を高める目的でもあるのだろうか?

 聞いたところによれば、秋に行われる学園祭も同様に生徒会主導らしいから、生徒会とは大変なものだ。

 小鐘はそうやって他人事のように考えていたが、榊原である以上小鐘もいずれは生徒会長の役に就く。来年以降に備えて、積極的に準備には関わっておくことにしよう。何より、榊原の名を落とさないためにも。


 ここ数日、現行の生徒会長である姉は、連日帰りが遅かった。とはいえ姉の動向は護衛たちが見守っているし、報告も受けているから、心配するようなことはない。

 ただ小鐘が少し寂しいだけだ。自分のわがままで、姉を困らせたり、姉の信用を揺るがせてはいけない。今は我慢するときだ。


 そう思って数日。学校を出ようとした小鐘を、鈴音が呼び止めた。


「小鐘っ!」


 走ってきたようで、息が乱れている。

「良かったぁ、まだ帰ってなくて」

 ふぅ、と息を整えて背筋を伸ばすと、彼女はやはり生徒会長なのだと思わされた。

 その所作一つ一つが、鈴音を生徒会長たらしめるのだから。


「どうかしましたか?」

 小鐘が尋ねると、鈴音は生徒会長としての顔と、姉としての顔とが混じり合った、複雑な表情を浮かべた。

「あなたは榊原だから、私の引退後は生徒会長を継ぐことになるでしょう?」

 青海における地位の高さは、学内での地位の高さにも影響する。そのため、榊原という存在がいる以上、次の生徒会長は小鐘と決まっている。

 神子という立場上、入学早々に生徒会長を務める可能性もあった。神子という肩書がそれに影響を与えなかったのかは、小鐘は知らない。逆に、神子だからこそ、仕事をさせるべきではないと思われたのだろうかと推測してみる。

 実際には、小鐘の気持ちを考えた鈴音が、各方面に掛け合って、入学早々生徒会長に就任することを阻止したのだが、それを小鐘が知る必要はない。


 さて、そんな小鐘にどんな話かと思えば──


「小鐘にね、体育祭の手伝いをして欲しいの」


 とのことだった。


**


 体育祭の手伝いと言っても、まだ生徒会役員でもない小鐘が何かに大きく携わることはない。鈴音の後ろについて回り、体育祭でやるべきことを学ぶだけだ。

 来年になると姉は卒業してしまい、直接指導ができなくなるから、在学中の内に少しでも多くのことを継承しようということらしい。

 たった一年。たった一年しか姉と同じ学校に通えないことを、小鐘は悲観していた。けれども、そうか、一年もあるのだ。

 姉から多くを学び、姉のように素晴らしい生徒会長になれたら、姉は褒めてくれるだろうか。姉の名を汚さずにすむだろうか。

 小鐘はギュッと拳を握りしめると、先を歩く姉の姿を追いかけた。


 初日は簡単な挨拶まわりからだった。

 現在二年生で、来年は同じ生徒会でお世話になるであろう先輩方との顔合わせ。実際に彼らが次も生徒会に入るかはわからないが……

 姉もその認識があるのか、顔合わせは手早く済まされ、以降の指導は二人きりだった。姉に付いて学内を巡ると、姉が学内でどう思われているかがよくわかる。

 笑顔で挨拶するもの、怯えながら目を逸らすもの、立場上頭を下げはするものの不満がにじむもの、へらへらと媚び諂うもの。


 しかし、ふと、気付いてしまった。


 みんなへ平等に微笑む姉は、決して本物の笑顔を向けていないことに。

 貼り付けられた仮面のように、無機質で、温度を持たない笑顔。そこにはなんの感情もない。

 ゾッとした。小鐘にしか感じ取れないようなかすかな違和感だけれど、鈴音は生徒たちを本気で平等に見ている。

 もし、その視線が自分に向けられたら?

 そう思うと、途端に不安になった。

「お姉様」

 だから思わず、手を伸ばし、縋るように声をかけてしまった。

「なぁに?」

 振り向いた姉はいつものように笑顔を向けてくれた。小鐘の手を優しく包んだ、温かい手のひらのように、優しく、慈しむような、穏やかな微笑み。

「なぁに?」

 姉は家族にも殆ど笑顔を見せない。兄との会話中も、どこか他人行儀な愛想笑いで、ぎこちない。

 対して自分に向けられる笑顔はどうだろう?


 他人行儀でも愛想笑いでもない、本物の優しい笑顔だ。

 そうか、これは私の特権だったのか。


「へへ、なんでもありません」


 それを嬉しく思っても、きっと罰は当たらないだろう。


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