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第40話 和やかな食卓

「それで、婚約発表はいつにするんだ」


 家族全員で大潮神社に行き、神に許可を得たとなれば、後は町民らに発表となる。

 まだまだ考えることは多いが、少なくとも、二人の関係がそうであることは早めに発表しておく必要があった。なぜなら、高校卒業と共に、縁談が山程上がってくるからだ。

 鈴音の高校卒業はもう目前に迫っている。発表するタイミングを考えている暇など殆どない。


 そんなわけで、忠臣は久々に家族と朝食を囲みながら、二人にそう尋ねた。


「やっぱり発表する必要、ありますよね……」

 鈴音は「はぁ……」と息を吐くと同時に眉を下げた。

「榊原家としても、上守家としても、重要な話だからな。町民には知らせておく必要があるだろう」

 忠臣がそう答えた直後、深刻げな二人の会話に、あまりにも軽い、素っ頓狂な声が紛れてきた。


「え、私たちってもう婚約関係……に、なるんですか?」


 声を出したのは小鐘だった。その顔には緊張感のかけらもなく、ポカンと口を開けていた。

 小鐘としてはもっと軽い気持ちで、いずれ結婚する仲、恋人、などを想像していたので、婚約までは意識していなかった。

 いずれ結婚するのだから婚約関係を結ぶのは当然のことだが、小鐘の想像の中にまだ”婚約”の二文字はなかったのだ。


「当たり前だ。神の前で添い遂げることを宣言し、許可をもらったのだろう?」

「え、ええ、はい」

「結婚は年齢の都合でまだ無理だ。それに、上守に入るタイミングにあわせる方がわかりやすい。だから、今のお前たちの関係は婚約者になる」

「はぁ……」

 小鐘にはまだなんだか現実味のない話だった。考えてみれば当たり前のことだ。けれど、なるほど確かに、言われてみればそうだ。


「先に鈴音が、高校卒業とともに、汐の養子として上守家に入る。その後、小鐘は高校卒業とともに、鈴音の配偶者として上守家に入る。これが最もわかりやすいだろう」

 わかりやすいかはともかくとして、小鐘は納得したように頷いた。

「あれ、でも神主ってどうなりますか?」

 上守家は女系で当主は女が務める。その配偶者が、大潮神社の神主を務めるのが習わしだ。

 仮に鈴音が上守家の当主となるのであれば小鐘が神主となるのだ通常だが、小鐘は神子だ。神主になるには、あまりにその身が尊すぎた。神子に儀式の進行や社務といった『実務』を強いるのは、町民の信仰心に照らしても、あるいは神域の道理としても、いささか不敬が過ぎるように思われたのだ。

「あれは鈴音が継げば良いだろう。別にあの職に性別の制限はない」

「あ、そうなんですね」

 単純に、過去神主を務めたのが男のみだっただけで、本来は性別の如何に関わらず神主にはなれる。


 そうして和やかに榊原家の朝食が進んでいた。

 ように見せかけて、二名ほど状況に対応できていなかった。


 え、なんでこんなに普通に馴染んでるんだ?

 鈴音と鏡矢は混乱しつつ、食事を進める。

 父がいるという恐怖と威圧感は何故かあっさりと感じなくなり、まるで普通の家族のように和やかに食卓を囲んでいることが信じられなかった。


 鈴音は何事もないように父と会話をしていたが、その胸中は完全に混乱しており、自分が何を喋っているのかも把握できていなかった。


 海良はそんなことを気にするような人間ではないので父と娘が会話をしているのを笑顔で見つめている。


 この場に馴染めていないのは、鏡矢と鈴音だけだった。斜め向かいに座る相手にお互いチラチラと様子を伺い、そして視線を手元に戻して食事を進める、という行為を繰り返している。

 居心地は、たぶん悪くない。あれほど恐れていた父に対して思うことも、特にない。

 小鐘が平然と話しかけるからかもしれない。


「で、いつ婚約発表するんだ」


 と、話が戻ったところで、鏡矢と鈴音の意識も話に戻ってきた。


「今はなぁ、特に町民が集まる行事がないんだよなぁ」

 忠臣は唸りながら、ボリボリとたくあんをかじった。

「鈴音の卒業式にあわせるとしても、そこに全員が集まるわけでもなし……」

 忠臣はまた唸りながら、二つ目のたくあんをかじった。

「やはり汐さんに相談して、一つ行事を開いてもらうのがいいか」

 忠臣はようやくたくあんをかじるのをやめて、お茶をすすった。


「まあ、発表についてはこちらで考えておく。それはそれとして、その……お前たちは遅刻しない内に学校に行ったほうが良いぞ」

 そう言われて鈴音が時計を見ると、確かにいつも出発している時間よりだいぶん進んでいる。話に気を取られて気付いていなかった。

 お茶碗に残った少しの米をお茶で流し込んで「ごちそうさまでした!」と言うと、鈴音は慌てて居間を飛び出していった。

 小鐘は既に食事を終えていたので、残ったお茶を飲んでのんびりと居間を出ていった。


 姉妹に置いていかれ、鏡矢は少しオロオロと自分の居所を探して、そのまま席でお茶をすすった。

「ご、ごちそうさまでした」

 少し残っていた朝食をかき込むと、鏡矢も慌てて居間を出ていった。

 あまり長居はしたくない様子だ。


 残された居間で、忠臣が呟く。


「俺が朝食に出ているのは、そんなに変か?」

 忠臣の疑問に、海良は呆れながら答えた。

「そりゃ十何年も小鐘から逃げ回って食卓に出なかった男が普通に現われりゃ落ち着かないよ」

「……そうか」


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