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第36話 愛すべき家族へ

 喧嘩別れのように終わった夜の話し合いから一夜明け、姉妹が朝食を摂るために居間に入ると、既に他の三人がいた。


 食事の前に全てを済ませてしまおうかと迷ったが、小鐘は使用人らに食事の準備をさせた。話をした後では、まともに食事にならない気がしたから。

 いや、自分がするのは、宣言か宣告か。ただ、忠臣に何かを伝えるだけ。まだ、何かを受け入れる気はない。


 食事は無言のまま進み、そのまま静かに終わり、全員が箸を置いた。使用人が用意した食後茶からゆらゆらと白い湯気が立ち上っていた。

 しかし、全員が座ったまま、立ち上がることもなく、お茶に口に付けることもなく、静かで妙な空気が居間を満たしている。


 最初に動いたのは小鐘だった。程よく飲みやすい温度になったお茶をすすり、黙ったまま。

 忠臣を除く三人は、それをきっかけに、小鐘と同じようにお茶に口をつけた。

 動けなかったのは、忠臣一人だ。


 しばらくして、お茶を飲み終わった小鐘はゆっくりと立ち上がり、忠臣を見下ろした。

 そして、全員に聞こえるようにはっきりと宣言した。


「私は、お姉様と婚約し、この先を共に過ごすと決めました。これは神子としての、私の選択です」


 神子としての言葉は強い意味を持つ。

 海良や鏡矢は昨夜の時点で認めていたし、忠臣も既に二人の関係を認めている。

 それでも小鐘がこの宣言をしたことには意味がある。


 小鐘は、忠臣を信用していないし、父親だとも思っていない。

 父親ではなかった人の言葉なんて、今更信じられるはずがない。けれど、忠臣は青海の人間で、さらに言えば青海の中核を担う榊原の人間だ。神子の言葉には、逆らえない。


 その宣言が、小鐘からの再度の拒絶と理解して、忠臣はただ少し、ほんの少し、寂しそうに眉を下げた。

 それも仕方のないことかと、ゆっくりと、息を吐いた。そして、こう答えた。


「ああ、榊原家当主として、答えよう。私は、神子の言葉を受け入れ、二人の関係を認める」


 父親ではなく、榊原家当主として答えることで、それは小鐘たちの父親としてではなく、榊原家の意向となる。

 小鐘はもう、忠臣の届く場所にはいない。


「小鐘」


 忠臣が静かにその名を呼ぶ。

 小鐘は黙って忠臣を見つめた。


「今更、許してくれと言うつもりはない。昨夜のお前の言葉は全て事実であり、俺は、お前の父親ではなかった」


 涙は見せない。その資格がないから。


「謝罪とは常に、加害者の自己満足だ。受け取る側には、それを拒絶する権利があり、受け入れる権利があり、許す権利があり、許さない権利がある」


 被害者に謝罪を受け入れる義務はない。


「小鐘、いままで、すまなかった」


 忠臣は体を引き、机よりも下に、床に頭をつけた。


「……私は、あなたのこれまでを、決して許しません。いえ、許すことが、できません」


 小鐘はそれを黙って見下ろしていた。眉間に皺を寄せ、悔しさと悲しみをにじませながら。しかしそれは昨夜よりも確実に、和らいでいた。


「あなたは、これまで、私の父ではありませんでした」


 生きてきた道にいなかった人。

 生きてきた道の全てに関係していた人。


 小鐘は一度大きく深呼吸をすると、静かに、ただ静かに、忠臣にこう告げた。


「あなたの今後に、期待します」


 そう答えると、小鐘は振り返ることなく、静かに居間を出ていった。

 それを追うように、鈴音が「失礼します」と頭を下げて去ってゆき、続けて鏡矢が挨拶をして去ってゆく。

 二人残された居間で、忠臣は頭を下げたまま、ただただ、涙を流していた。使用人らがお茶を下げた後も、ずっと。


 許されたわけではない。

 父親だと認められたわけでもない。

 ただ、父親になるチャンスを、もらったのだ。


「小鐘、すまない。小鐘、小鐘──────……」


 意味のない言葉だ。

 どこへ届くわけでもない。

 わかっているのに、忠臣の口からこぼれだした言葉を、海良だけが隣で聴いていた。


 たった一人、家族になれなかった男の言葉を、男の家族になることを選んだ女が、聴き続けていた。


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