第32話 問われる覚悟
鈴音の告白から一日。
榊原家の夕食の場には、再び家族全員が集まっていた。朝食時にはゆっくりと話す時間が取れないだろうと、昨日から決められていたことだった。
食事中は誰一人言葉を発さず、妙な緊張感が漂っていた。
ようやく食事を終え、使用人が全員分のお茶を用意して出ていくと、その場は食事をする場でなく、話し合いの場へと変わった。
始めに発言したのは、鈴音だった。
本当は小鐘から話したかったのだが、姉との交渉の末、頑固な姉に根負けする形で小鐘はその役目を譲ることになった。
「お父様、お母様。昨夜も申し上げた通り、私と小鐘は想い合っており、この先の人生をともにすることを決めました」
「……うむ」
忠臣は無表情に頷いた。それが肯定を意味するのか、単純な相槌なのかはよくわからない。そしてそれ以上、何も言うことはないようだった。
そのため、代わりに海良が話を続ける。
「昨夜も確認したが、アンタたちは姉妹だ。そして、上守家を、上守家の血を継ぐべき存在だ」
「はい、それは承知しております。しかし私は小鐘を愛し、小鐘も私を愛してくれたため、一生を添い遂げたいと考えています」
鈴音の言葉は真っすぐで、赤裸々で、故に心によく響く。
本来、上守を継ぐべきだった海良は、自身の愛を優先してその責を放り出した過去がある。その負い目ゆえに、娘の覚悟を真っ向から否定する言葉を持たなかった。
「血筋の問題なら、お兄様に解決してもらいます。そうですね?」
突然話を振られた鏡矢は、慌てて居住まいを正す。
「あ、ああ。今日、婚約者と話をして、可能な限り頑張る、との返答はもらった」
男が産まれるか、女が産まれるか。そんなことはこちらでは決められない。だから、確約はできない。
しかしそれでも、二つの家の事情をどうにか解決しようという気概だけはあった。
余談だが鏡矢の婚約者はかなり軽い性格をしている。悪い意味ではなく、よく笑い、親しみやすく、誰に対しても平等に優しい。そんな人間だ。
これから頼むことは、榊原家と上守家の問題を一気に押し付けるようなものだ。故に鏡矢は、かなり下から婚約者にお願いをした。
すると返ってきた返事は「え、大変だねぇ。わかった、やれるだけやってみるよ。まっかせといてぇ〜!」だったのでかなり拍子抜けした。しかも「家族は多いほうが良いからね、目指せ十人家族!」なんて言い始めるものだから、何か自分の負担が増えていやしないかと頭を抱えた。
話は戻って榊原家の居間では、話し合いが続けられていた。
口を噤んだままの忠臣をちらりと見て、海良は珍しく真面目な顔で口を開いた。
「アタシは、正直なところ、アンタたちの関係は理解できない。血縁関係なんだから」
至極真っ当なことだ。通常、近親相姦など異端でしかない。血縁に恋愛感情を抱くことが理解できないのは、海良のせいではない。
鈴音と小鐘は、母の真っ当な言葉に、頷くことで理解を示した。ここから続く否定に、何を言うべきか、小鐘は頭を回す。自分の未来のために。
しかし、続く海良の言葉は、二人の想定とは全く異なっていた。
「だが、愛した相手といたいと思うのは普通のことだ。そのために無理を通そうとする気持ちも、よく分かる」
忠臣の嫁になるため、上守家次期当主という肩書を捨てた海良にとって、愛とは最も重要なものだと言っていい。それを得るために、二人が無理を通そうとするなら、それでも良いと思った。それで二人が幸せになるのであれば。
「二人が生涯この選択を後悔しないこと、絶対に生涯を添い遂げること。この条件を守れると誓えるなら、アタシは二人を認める」
放任主義で育ててきた自覚はある。今更、二人に何か残せるだろうか。この言葉は、二人との、誓いになるだろうか。
海良は、ただ二人の言葉を待った。
「はい。私は、この選択を後悔することなく、生涯を小鐘と添い遂げると誓います」
鈴音はまっすぐに海良の目を見た。二人の視線が交わったとき、海良の脳裏に蘇ったのは、まだ無邪気に自分を求めてくれていた、幼い鈴音だった。
ああ、いつからだろうか、この子と目が合うことがなくなったのは。この子が、アタシを求めてくることがなくなったのは。
放任主義だなんて言って、ただ家族と向き合ってこなかっただけだ。そのことに、海良はようやく気が付いた。
まともに会話らしい会話をしたことはあっただろうか。いつも業務連絡のような言葉を、海良が一方的に伝えるばかりではなかったか。日常会話なんて、殆どしていないのではないか。
それなのに、この子は、アタシの目をまっすぐに見つめている。向き合おうとしてくれている。
「わ、私も、お姉様と同じく、生涯この選択を後悔することなく、お姉様と添い遂げると誓います」
遅れて小鐘が海良の言葉に答えた。
二人の意思が確固たるものであることを知り、海良は大きく頷いた。二人がその道を選ぶと言うのなら、自分はそれを後押ししようと思った。
「わかった。なら、アタシは二人を認める」
海良にとって二人の関係が理解できないものであることは変わらない。同級生など、他の町の人間じゃだめなのか、と疑問に思うこともある。
しかし二人は既に、二人でいることを心に決めてしまっているのだ。海良が忠臣を選んだように、互いが互いを選んだ。言ってしまえば、それだけのことなのだ。
「上守家を出たからといって、上守の血筋でなくなったわけじゃない。上守の血筋というだけでこの町では大きな力を持つんだよ。何かあれば力になるよ」
海良はそう言って、笑ってみせた。




