第31話 神子の特権
突然の鈴音の告白に、居間の空気はなんとも言い難いものとなっていた。
五人は五様に全く違う様子で、戸惑う人の多い中、ただ一人鈴音だけがしっかりと胸を張っていた。
しばらく静かになっていた居間で、ようやく次の言葉を発したのは、海良だった。忠臣も何か言おうとしていたようだったが、それは海良に遮られてしまった。
「ちょっと待ってくれよ。何言ってるんだい、アンタたちは姉妹だろう?」
鈴音は海良の言葉にしっかりと頷き、答える。
「はい。私たちは正しく姉妹であり、あなたの娘であります」
「その姉妹の間で、愛し合っている?」
「はい。私は小鐘を愛しており、小鐘も私を愛してくれています」
その堂々たる告白には、もはや疑う余地すら与えない説得力がある。
「家族愛ではなく?」
「はい。これは、一般に恋愛感情と呼ばれるものだと言って差し支えないでしょう」
海良はそこで一度押し黙り、考え込み始めた。鈴音の言葉が本当だと悟り、そしてそれはもはや覆しようがないのだと思ったからだ。
榊原家として、上守家として、何を考えるべきか。
ゆっくりと吟味し、次の言葉を選んだ。
「上守の跡取りはどうするつもり?」
二人が血縁であることは一旦置いておくとしても、まず二人は女同士だ。神話でもないこの現実では、奇跡でも起きない限り二人の間に子供ができることはない。
「上守の血を引くものならもう一人います」
「鏡矢のことかい?」
鈴音は頷いた。もはや鏡矢は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「上守の血は、女で継ぐべきだ」
海良はすぐにそう言い返した。上守の血を女で継ぐことを決めたのは神だ。それに逆らうことは、海良にとって許容しがたいものだった。
「しかし過去には例外もあります」
例外と言っても、それは女児が生まれないなど、やむを得ない理由があったからだ。いま、二人の関係が、やむを得ない理由に該当するだろうか。
鈴音の真っ直ぐな瞳と、強固な意思に、海良はどう対応すべきかと頭を抱えた。
ちらりと鏡矢を見ると、両肩を上げて皮肉げな笑みを浮かべた。自分の血で血を繋げというならそれでも良いらしい。
「神様へのご報告も、私からします」
「えっ?」
既に諦めムードで話を聞いていた小鐘も、さすがに聞き逃がせない言葉が出てきた。
「ま、待ってくださいお姉様。神との対話は、神子の特権、そのはず、ですよね……?」
小鐘はちらりと母を見る。由緒正しき上守家の血筋で、元次期当主の母は、当たり前のように頷いた。小鐘がこれまで読んできた書物にもそう記されている。
「しかし私は、あの海で確かに大潮様の姿を見ました。大渦様を祓い、小鐘を救うように指示したのは、紛れもなく大潮様でした」
いぶかしげに眉をひそめ「これでは話が違う」と首を傾げる海良に向かって、鈴音はこう続けた。
「神は、神子のみに見えるものでも、神子のみが対話できるものでもない。神はただ、見えるもの、対話する相手を選んでいるだけなのではないでしょうか?」
これまで一例もなかったのはただの偶然か、はたまた書物に残さなかっただけなのか。
神子を特別たらしめる特別な力はいくつかある。病気や怪我をしないこと、事件や事故に遭わないこと、そして、神と対話できることだ。
もしたった一つでもその力が、特別なものでないと知ってしまったら、神子の立場は危うくなる。そのために書物に残さなかった可能性は大いにあると、小鐘は考える。
「だから、これは他言無用です。私があの日、大潮様と対話したことは。あるいは、知らなかったことにするか、信じないことにするのが良いのかもしれませんね」
姉の言うように、そうして葬られた歴史がないとは言い切れない。
「大渦様の件もあります。週末に一度、大潮神社へと参りましょう。そのときはお父様、あなたも、逃げないでください」
鈴音はこれまで父に対してあれほど怯えていたことを感じさせないほどにはっきりと、父を見据えていた。
もう覚悟は決めた。これからは小鐘を守れる、強い人間になろう。そう覚悟した瞳に、忠臣は圧倒される。
青海にいる以上、神子の望みに沿うべきだ。これは榊原家当主、忠臣も同様になる。それを知っているからこそ、鈴音は忠臣へも強気に出ることができた。
忠臣は、榊原家当主として何か言うべきかと考え、苦心の末、ようやく口を開いた。
「鏡矢は、それでいいのか」
鈴音が言うように鏡矢が跡取りの問題を解決するというのなら、少なくとも鏡矢には、榊原家の跡取りとなる男児と、上守家の跡取りとなる女児が求められる。
鏡矢としては問題ないと答えたいところだが、産むのは鏡矢ではなくその相手だ。相手の負担を考えると、簡単には頷けない。
「……今度彼女に相談してみますよ」
青海という町にいる以上、強い反発は受けないだろう。だが、出産というのはとても負担のかかることだ。現代でも死亡例があるほどに。
嫁に迎える、自分の愛した女に、そんな負担を抱えさせて良いものか。
「ていうかお兄様、彼女いたんですね」
先程までの空気を壊すように、小鐘は兄に対して大層失礼なことを言い放った。
「いるよ。そろそろ婚約話が持ち上がるところだ」
婚約話も、この件がなければすんなり通っただろうが、町のトップを二人生めとはとても言えない。どうにか平和に話がまとまると良いのだが……
鏡矢の心労は絶えない。
「へぇ、今度会わせてくださいよ」
「……身内になるんだからそのうち会えるよ」
それでもなんとかするのが兄の務めか、と鏡矢は覚悟を決める。
縁談もなんとかするし、榊原もなんとかする。上守もなんとかする。どっちも相手頼りだけど!
そんな感じで、一見話がまとまったふうになった午後十時。
あまり遅くまで話し合っても仕方がない。後日それぞれ考えをまとめて再度話し合う、という形でその日は収まった。
今夜、一番不憫だったのは鏡矢であることは間違いないだろう。




