表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/45

第26話 溺れる

 冬休みを明けると、三年生は自由登校になる。とはいっても、鈴音たちの通う学校の生徒の殆どは、いつも通り学校へ通う。

 彼らが自由登校中にいつも通り登校することは、特に伝統というわけでもない。ただ、小さな田舎町では、家にいたところで特にすることがないのだ。それなら友人のいる学校に行こうと皆が考えた結果である。

 もしくは、小鐘と鈴音のように、学年違いで学校へ通っていた場合に、学校があるのなら一緒に行けばいいや、と考える人間が多いのだ。


 また、町民らは基本的に家業を継ぐから、進路や就職で奔走することも殆どない。

 青海で新しい事業を始めようとする開拓者も稀に現れるが、小さな田舎町でできることなどもう既に殆ど出尽くしている。大抵の開拓者たちは肩を落として、家業の手伝いをすることになる。


 稀に家督を継がない長子以外が町外の大学を目指すこともあるが、彼らも結局は青海に戻ってきてしまう。

 戻って来る人たちは大抵「大潮様に呼ばれたからだ」と答える。幼い頃から心の奥深くに根ざした信仰を、彼らは忘れ、あるいは捨てられないのだ。

 実際に大潮命が呼び戻しているのかは、文字通り”神のみぞ知る”であるが、無いとも言い切れないだろう。なぜなら、帰ってきた本人たちがそう言っているのだから。


 故に青海の人口は常に概ね横ばいで、年齢層別にしても同じだ。

 閉鎖された町。無意識に縛られた信仰。


 当たり前のように、榊原という家に支配される町民たち。

 代々榊原はきちんと土地を管理し、外部との取引を一手に引き受け、富の配分を滞りなく行ってきた。

 だからこその信頼だが、もし榊原が裏切ったらどうするのだろう。その時は天罰が下るのだろうか。

 今の忠臣と鏡矢を見る限りそんなことはないかと、小鐘はすぐに考えるのをやめた。それを信頼と呼ぶのかは、小鐘は判別つかなかったが。


 小鐘は鈴音の隣を歩きながら、先程まで考えていた”どうでもいいこと”を脳の端に押しやって、もっと重要なことを考えることにした。


 大潮命の見せた幻での姉はどうだったろうか。考えるまでもなく、今の姉の方が穏やかで、生きやすいように見えた。

 幻では兄との関係も悪いように見えた。いや、正確に言うなら、兄がずっと不機嫌で、姉に対して刺々しかった。今では笑顔で挨拶を交せる程度に関係を改善できていることが、信じられないほどに。

 忠臣という畏怖の対象がいないだけで、あれほどあの家庭は変わるのか。兄と姉はあれほど穏やかになるのか。

 自惚れでなければ、小鐘は二人の心を幾分か救ったのかもしれない。心労を減らし、笑顔で挨拶を交わせるまでに関係を改善できたのかもしれない。


 けれど、けれどそれは……

 私が姉へ抱えるこの想いの、免罪符にはならない。

 さらに言えば、母の尻拭いのため、上守に入り跡を継ぐという、一つの存在意義を姉から奪ったことも事実だ。それも、神子という箔をつけて。


 鈴音の高校卒業まであと僅か。

 それはすなわち、鈴音があの家で暮らす時間もあと僅かだということだ。

 上守家では、神の血を継ぐ女というだけで優遇し、重宝される。


 今、問題をややこしくしているのは、上守の血を引く女が、鈴音と小鐘で二人いるからだ。

 片方が神子だから、優先順位をつけられてしまった。


 もし、もしも今、私がいなくなったら。

 最近の小鐘は、ずっとそんなことを考えていた。

 もし私がいま、いなくなれば、上守の血を引く女子は鈴音だけになる。

 神子を失った町はそれを残念がるかもしれないが、どうせ千年に一度の奇跡の存在だ。じきに諦めもつくだろう。

 いくつかの書物を見たが、千年、いや、二千年に一度、現れるか否かといった存在に、執着するほど町民らは弱くない。


 最近、よく夢を見る。

 真っ暗な海に沈んでいく夢。

 それは自分の心境をよく表しているようだと思う。

 暗く、深い、海の中。

 あのおとぎ話のように、泡になって消えることができたら、再び姉を救えるだろうか。


 学校からの帰り道、いつものように二人で歩く姉妹の背後で、海は激しく荒れていた。あの大岩を中心にぐるぐると渦を巻き、吹きすさぶ風に紙垂が音を立てて揺れる。


 ふいに、何かに呼ばれた気がして、小鐘が立ち止まる。


「……小鐘?」


 潮風が、どこか不気味に小鐘の頬を撫でた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ