第26話 溺れる
冬休みを明けると、三年生は自由登校になる。とはいっても、鈴音たちの通う学校の生徒の殆どは、いつも通り学校へ通う。
彼らが自由登校中にいつも通り登校することは、特に伝統というわけでもない。ただ、小さな田舎町では、家にいたところで特にすることがないのだ。それなら友人のいる学校に行こうと皆が考えた結果である。
もしくは、小鐘と鈴音のように、学年違いで学校へ通っていた場合に、学校があるのなら一緒に行けばいいや、と考える人間が多いのだ。
また、町民らは基本的に家業を継ぐから、進路や就職で奔走することも殆どない。
青海で新しい事業を始めようとする開拓者も稀に現れるが、小さな田舎町でできることなどもう既に殆ど出尽くしている。大抵の開拓者たちは肩を落として、家業の手伝いをすることになる。
稀に家督を継がない長子以外が町外の大学を目指すこともあるが、彼らも結局は青海に戻ってきてしまう。
戻って来る人たちは大抵「大潮様に呼ばれたからだ」と答える。幼い頃から心の奥深くに根ざした信仰を、彼らは忘れ、あるいは捨てられないのだ。
実際に大潮命が呼び戻しているのかは、文字通り”神のみぞ知る”であるが、無いとも言い切れないだろう。なぜなら、帰ってきた本人たちがそう言っているのだから。
故に青海の人口は常に概ね横ばいで、年齢層別にしても同じだ。
閉鎖された町。無意識に縛られた信仰。
当たり前のように、榊原という家に支配される町民たち。
代々榊原はきちんと土地を管理し、外部との取引を一手に引き受け、富の配分を滞りなく行ってきた。
だからこその信頼だが、もし榊原が裏切ったらどうするのだろう。その時は天罰が下るのだろうか。
今の忠臣と鏡矢を見る限りそんなことはないかと、小鐘はすぐに考えるのをやめた。それを信頼と呼ぶのかは、小鐘は判別つかなかったが。
小鐘は鈴音の隣を歩きながら、先程まで考えていた”どうでもいいこと”を脳の端に押しやって、もっと重要なことを考えることにした。
大潮命の見せた幻での姉はどうだったろうか。考えるまでもなく、今の姉の方が穏やかで、生きやすいように見えた。
幻では兄との関係も悪いように見えた。いや、正確に言うなら、兄がずっと不機嫌で、姉に対して刺々しかった。今では笑顔で挨拶を交せる程度に関係を改善できていることが、信じられないほどに。
忠臣という畏怖の対象がいないだけで、あれほどあの家庭は変わるのか。兄と姉はあれほど穏やかになるのか。
自惚れでなければ、小鐘は二人の心を幾分か救ったのかもしれない。心労を減らし、笑顔で挨拶を交わせるまでに関係を改善できたのかもしれない。
けれど、けれどそれは……
私が姉へ抱えるこの想いの、免罪符にはならない。
さらに言えば、母の尻拭いのため、上守に入り跡を継ぐという、一つの存在意義を姉から奪ったことも事実だ。それも、神子という箔をつけて。
鈴音の高校卒業まであと僅か。
それはすなわち、鈴音があの家で暮らす時間もあと僅かだということだ。
上守家では、神の血を継ぐ女というだけで優遇し、重宝される。
今、問題をややこしくしているのは、上守の血を引く女が、鈴音と小鐘で二人いるからだ。
片方が神子だから、優先順位をつけられてしまった。
もし、もしも今、私がいなくなったら。
最近の小鐘は、ずっとそんなことを考えていた。
もし私がいま、いなくなれば、上守の血を引く女子は鈴音だけになる。
神子を失った町はそれを残念がるかもしれないが、どうせ千年に一度の奇跡の存在だ。じきに諦めもつくだろう。
いくつかの書物を見たが、千年、いや、二千年に一度、現れるか否かといった存在に、執着するほど町民らは弱くない。
最近、よく夢を見る。
真っ暗な海に沈んでいく夢。
それは自分の心境をよく表しているようだと思う。
暗く、深い、海の中。
あのおとぎ話のように、泡になって消えることができたら、再び姉を救えるだろうか。
学校からの帰り道、いつものように二人で歩く姉妹の背後で、海は激しく荒れていた。あの大岩を中心にぐるぐると渦を巻き、吹きすさぶ風に紙垂が音を立てて揺れる。
ふいに、何かに呼ばれた気がして、小鐘が立ち止まる。
「……小鐘?」
潮風が、どこか不気味に小鐘の頬を撫でた。




