第24話 息を止める
十二月になると、上守と榊原は夏祭りと同様に──いや、それ以上に忙しくなる。
新年の準備はまず人数から違う。町民からも手伝いを集め、あれやこれやとてんてこ舞いだ。
とはいっても、鈴音と小鐘の二人は、現在まだ学生の身。学校が冬休みに入るまでは、夏祭り同様に準備作業を免除されている。
鈴音は「来年からあれかぁ……」と少しげんなりした様子で呟く。
「私も二年後には一緒に頑張りますよ!」
ぎゅっと拳を握り、小鐘はなんとか姉を元気付けようとした。
実際には、神子とそれ以外ではやることが全く違う。同じ作業をすることはほとんど無いだろう。
お互いにそれはわかっていた。わかっていたけれど、鈴音は「ありがとう」と言って微笑んだ。
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そしてやってきた冬休み。
当然ながら姉妹はあっちにこっちにと引っ張りだこで、ぐるぐると目が回る。
鈴音は去年も体験したことだが、小鐘はここまでしっかりとした準備の手伝いはしてこなかった。高校生になるまでは働かせられん、とのことらしい。舞は踊らせるのに、良くわからない倫理基準だと、小鐘は常々思う。
連日続く新年の用意に、今日もまた遅くなってしまった鈴音と小鐘は、神社から家へのんびりと歩いて帰っていた。
二人でいれば大渦様の影響も受け難いかと考え、鈴音は小鐘を極力一人にしないよう努めていた。
その点で言えば、新年の準備中は多くの人に囲まれているから、安心できる。鈴音の目の届かない場所にいても、きっと小鐘は大丈夫なはずだ。
大潮神社は山にあるため、当然ながらその帰り道は坂になる。なだらかに、集落に向かって伸びる道は、車一台が少し余裕を持って通れる程度の狭さだ。
外部との接触が殆ど無い青海では、これによって困る人間はあまりいないが、万が一対向車が来たら絶望的だなあ、と鈴音はたまに考える。
そういえばあのときの事故も、道幅がもっと広ければ、怪我をすることもなかっただろうかと、ふと思った。
青海は小さな町だ。神社に繋がる山道を抜けて道路に出ると、この町全体を見渡せるほどに。
夜になれば、家々の電気がまばらに点き、見上げれば星空が広がっている。
なんとなく、姉妹は同時に立ち止まって、空を見上げた。
「今夜は星がきれいね」
何の気無しに、鈴音はそう言って微笑んだ。月が大きく欠けた空は、より一層星を際立たせていた。
ガードレールに手を添えて、鈴音は空を見上げている。その隣で、小鐘は同じように空を見上げた。
横目に覗き見た鈴音の瞳には、満天の星が映ってる。
キラキラと眩しい光。
その姿を見て、小鐘はなんだか泣きたくなった。
こんなにもきれいで優しい人に、私が抱く感情はなんだろう。
汚い自分、間違っている自分。決して認められることは無いはずの想いに、身をやつしてしまった愚かな自分。
この人の負担にしかなれないような私なんて、いっそいなければ良かったのに。
私さえいなければ、神子という存在に苦しめられた姉を、救えたのだろうか?
私さえいなければ、この身にあふれる才能に押しつぶされることもなくなるだろうか?
踏みにじってきたのは、有象無象の努力や才能だけじゃない。大切な、一番大事にしたい人のそれらだって同じだ。
無邪気な私の笑顔に傷つけられてきたことだって、何度もあるはずだ。
姉は私の前で、それを殆ど見せなかった。けれど、たまに、ほんの少し、悲しげに笑う姿を見てきた。
そして、私の前で泣いたことなんてなかった姉は、あの夏の日、私を見て、確かに泣いていた。
文化祭の終わり、完璧に踊れたことを褒めてほしくて真っ先に姉のもとに駆け寄って、その涙を見たときの絶望は今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
本当にただ「きれいだったから」泣いていたのならそれでいい。それはこれ以上ない賛辞だ。だが、そうでないのなら?
違う。本当は、ずっと気付いていた。
泣いていたのは、私の才能に押しつぶされてしまったからだ。
届かないものをみて、心が砕けてしまったからだ。
それなのに私を見て「素敵だ」と言い、「きれいだ」と微笑むことができるのは、彼女が本当に、優しいから。
大事な妹が傷つかないように、大切に守ってくれようとしてくれたから。
そんな優しい人に、私は見合う人間であるだろうか?
きっと、選んできた道は、ずっと間違っていたのだ。
私さえいなければ、私が生まれることがなければ、この人はもっと幸せになれただろうか?
溺れそうな、海の底。
──この優しい人が息をするなら、私は息を止めたっていい。




