第18話 優しい記憶
知っていくことが成長なら、それはとても虚しくて、寂しいものだと思った。
失われてゆくもの。
失うべきもの。
本当は、知っていた。気付いていた。
それでもこの道を、選んだのだ。
けれど、成長するごとに、目の前の壁は高く大きくなってゆく。
越えられない壁は、固く冷たい。
しかしその壁こそが、私を唯一正しい方向へ導いてくれるような気がした。
何が正しいのかも、わからないまま。
求めるのはただ一人。
私の名を呼び、いつも笑顔で受け止めてくれる、大切な人。
選ぶべき道は、いま、どこにあるのだろう。
こんな、普通じゃない町で、普通じゃない自分で、普通じゃない感情を抱えたまま、ずっと、選ぶべき道を探している。
ねえ、お姉様
あなたなら、何を選びますか?
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予想通りの生徒会選挙が終わり、学内はいよいよ文化祭に向けてにわかに活気付いてくる。
文化祭準備は、新旧生徒会が協力して進めていくことで、今後の引き継ぎを兼ねている。当然ながら、鈴音と小鐘もここに参加している。
文化祭は基本的に各クラスが自分たちで出し物をする定番のものだ。生徒会の役目といえば、体育館のステージを利用したいグループたちの時間調整や入場者管理、飲食物管理や経理と細やかな調整作業が主になる。
また、文化祭の最後に行われる”儀式”の準備も生徒会の管轄だった。
校舎内は連日騒がしく、賑やかで楽しそうだ。普段、この町の住民は皆物静かだから、たまにはこの騒がしさも悪くないだろう。
一通りの調整が終わると、生徒会長の役回りは『文化祭関連の全般』と非常に大雑把な括りに切り替わる。やるべきことを探してはそれを行うのが通例らしい。
困っていたら手伝ってあげたり、相談に乗ってあげたり、あるいは応援してあげたり。小鐘としてはよくわからない役回りだと思う。
しかし、生徒会長はそうして校内を歩き回るわけだから、文化祭準備中の生徒たちが羽目を外しすぎないよう監視するのが真の目的なのかもしれない。
あるいは、一般生徒と話すことで、生徒会長及び生徒会役員に親しみを覚えてもらい、学校改善に役立てるためかもしれない。
体育館のステージを取り合う出演者たちをなだめたり、消えた備品を血眼で探したり、計算の合わない経理に頭を抱えたり。そんな”普通”を積み上げるたびに、自分がこの町に、そして姉の隣に確かに存在しているのだと、充足感に満たされていった。
文化祭当日。小鐘は開幕の挨拶をすべく立ち上がった。
体育館に集まった生徒たちは既にソワソワと落ち着きがなく、今にも飛び出してしまいそうだ。
小鐘は壇上に立つと、いつもより一層意識して、真面目な顔を作った。
「皆さんが努力を重ね、たくさんの準備をしてきた文化祭がいよいよ今日から始まります。二日間、楽しんでください!」
ワアッと歓声が上がる。
生徒たちの昂ぶった声に圧倒されつつ、それでも小鐘はしっかりと表情を保つ。
ここで水を差すのは幾分ためらわれるが、生徒会長として、しっかりと気を引き締めなければならない。
「ただし、羽目を外しすぎないよう。節度を持って、常識の範囲内で、ですよ!」
生徒だけで行う最初の一時間は姉と回り、家族や関係者などへの一般開放が始まったら分かれて巡回をする予定だ。
小鐘自身も自分が少し浮足立っていることに気付いて、慌てて居住まいを正す。生徒会のやるべきことは、校内の秩序を守ることである。
卒業後に上守へ移った後もきっと役に立つ経験になる。
「それでは、解散!」
小鐘の宣言と共に、生徒たちが体育館を飛び出していく。普段は走るなと叱る教師たちも、今日ばかりはと黙ってそれを見送る。
小鐘は演説台を降り、待っていてくれた姉のもとに駆け寄った。
「さあ、私たちも行きましょう。一般開放が始まれば忙しくなりますし、今のうちに楽しみましょう!」
生徒会の役割は学園の秩序を守ること。
問題が起これば対応し、困りごとがあれば駆けつける。
それでも平穏なうちは、少しくらい楽しむ権利はあるはずだ。
まずはどこへ行こうかと考えながら、文化祭校内マップを眺めていると、鈴音があるクラスを指さした。クラスは三年二組。
姉のクラスではなかったはずだと首をかしげると、鈴音はくすくすと笑った。
「ここはね、お化け屋敷。去年大人気だったところで、今年も同じメンバーが頑張ったって聞いたわ」
小鐘たちの通う学校には基本的にクラス替え制度がない。つまり、去年人気を集めたあの大人気のお化け屋敷が、再び現れたのだ。
「去年の小鐘は私の妹としての一般参加枠だったから遅く入場して、お化け屋敷には入れなかったでしょう?」
そういえば去年は、人気のお化け屋敷があると喜び勇んで向かったところで、大行列を目にして諦めたのを思い出した。
神子の権利を振りかざせば全ての列に並ぶ人たちを無視することもできたが、さすがにそれは横暴というものだろう。
「今年は更にパワーアップしてるみたいだし、行ってみましょうか?」
小鐘は、純粋に姉が去年のことを覚えていてくれたことが嬉しくて、姉の腕に抱きついた。本当は体ごと抱きしめたかったが、それでは行動ができない。
「行きましょう、お姉様!」
駆け出したい衝動を抑えて、小鐘は鈴音と共に体育館から目的地へ向かって歩き出した。
そうして小鐘の文化祭は始まったのだった。




