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第16話 夏の終わり

 気付けば夏休みも最終日。

 明日からも今日と変わらない暑さだと言うのに、もう少し気候に寄り添えないのかと小鐘は一人、部屋で憤っていた。

 暑い中登校するのが大変で、命の危機に繋がるから、最も暑い八月が夏休みなのだと、昔本で読んだ気がする。学校に行けば冷房はあるが、通学路では炎天下にさらされる。

 いっそ九月まで夏休みがあればいいのに。なんて考えて、ため息を吐いた。


 宿題は終わっているし、やるべきことはなにもない。できることも少ない。神子は、この町を出れないから。

 そうでなくとも、町を出ること自体が、この町全体にうっすらと広がる掟だ。


 閉塞された町。

 神域だからと、行政や警察機関すら介入をためらうような、排他的な町。


 小鐘は目を閉じ、古い記憶を掘り起こす。


 今から七年ほど前に、たまたまやってきた観光客を、町民らはまず笑顔で出迎えた。敵意や悪意がないのなら、観光客は珍しい娯楽とも言える。

 小鐘や鈴音も、町の統治者『榊原家』として挨拶をした記憶がある。

 しかしその観光客らはこの町の風習や信仰を嗤い、汚すような真似をした。

 それに対して町民らは何をしたかって?

 何もしないさ。だって罰は神が与えるものだ。

 優しく話しかけることも、親切にすることもやめ、徹底的に無視をした程度だ。


 悪態をつきながら帰っていく観光客だった人たちが、帰りの道で事故に遭ったことなど、町民らにとっては関係のないことだ。

 ただ雨が降るように、空が晴れるように、木々が育つように、海が揺らめくように、神罰が下っただけのこと。


 心配だなんて、思いもしなかった。

 始めから観光客など赤の他人だ。

 その上、人の信仰を踏み荒らす悪漢。


 死んで当然だとまでは思わない。

 けれど、事故程度なら起こるべきだと誰もが考えた。信仰を踏み荒らすことは、神を汚すにも等しい。

 最終的に事故車に乗っていた全員が死んだと報道されていたが、その頃にはもう、町民らの観光客への興味は消え失せていた。

 あるいは、観光客らの訃報を見て「神罰だ」と、無表情に呟いた。


 この町では信仰が全てだ。

 故にそれを踏み荒らす者に、救いはない。


 ああそうだ、神罰と言えば、昔、誰かから聞いたことがある。

 何か大きな事件が町の外であって、その犯人がこの村に来ていないかと聴取があったそうだ。その際に、何が原因か、町民と警官が揉めたらしい。

 その場では一旦落ち着いたが、その帰りに警官たちの乗っていたパトカーが山崩れに飲み込まれたそうだ。運転手の方はかろうじて助かり、自ら救急を呼んだが、助手席の方は大きな岩に押しつぶされて即死だったという。

 その即死した警官というのが、町民と揉めた相手だというのだから、数奇な運命だ。いや、それこそが祟りや神罰と呼ばれるものなのかもしれない。

 真実がどこにあるかは問題ではない。この町では、そう信じられていることが全てなのだから。


 山崩れは町に近い道で発生していたため、近くに住んでいた町民らは、なんだなんだと集まった。

 そこで目にしたのは、潰れたパトカーと、必死で岩を避け、土砂をかき分ける警官。


 その姿を、町民らは黙って見ていた。ただ無表情に。

 当然ながら警官は叫ぶ「どうして手伝ってくれないのですか!?」「助けてください!」涙ながらに叫び続ける警官に対し、町民はこう答えたそうだ。


「神罰が下ったのだから、私たちはそれに干渉すべきではない」と。


**


「お姉様っ、花火の時間ですよ!」


 夜、食事を終えてしばらくした頃。普段ならちょうどお風呂に入ろうかと考えていたときに、小鐘は鈴音の部屋に現れた。

 手には花火の袋が一つ。小鐘は線香花火が好きだから、線香花火が多いものを選んだようだった。


「そうね、楽しみにしてたものね」


 読んでいた本に栞を挟み、机に置くと、鈴音は立ち上がった。

 忙しい夏の終わり。小鐘は無邪気に笑っていた。


 花火を持って玄関で話していると、トイレから出てきた鏡矢が二人を見つけた。

「出かけるのか?」

 時刻は午後八時過ぎ。出かけるには少し遅い時間だ。

「いいえ、花火をしようと思って、庭まで」

「ああ、そうか。そんな時期か」

 鏡矢のその言葉は、鈴音に少なからず驚きを与えた。なぜなら兄は、自分たちのことなどさして気にしていないと思っていたからだ。

 その言葉から、毎年二人が庭で花火をしていたことを知っていたという事実がわかる。

 そして、少しだけ和らいだ目元が、更に鈴音を驚かせた。それはまるで、二人を慈しんでいるように見えたからだ。


 幼少期の鈴音と鏡矢の関係は冷え切っていた。落ち着いた今でも、会話をすることはそう多くない。

 それなのに、どうして、そんなに優しい顔をして笑うのだろう。私は今更、あの頃を忘れることなどできやしないのに。


 ああ、でも、わかっているのだ。本当は。

 抜け出せない闇の中にいるのは、自分だけなのだと。


「いってらっしゃい」


 鏡矢に見送られて二人は庭へ出た。

 榊原の広い敷地の大半は砂利道だ。そうそう燃える心配も要らないだろう。


 水入りのバケツとライターを用意して、あとは小鐘の用意した花火を取り出すと準備は万端だ。


 ススキ花火を両手にくるくると回る小鐘を、鈴音は笑って見つめる。

 この笑顔を守り、これからもずっとそばで見ていたい。その想いはわがままだろうか。

 鈴音は神を思って、空を見上げた。空は満天の星で、月が眩しく二人を照らす。

 そして徐々に、花火の音が消えてゆく。

 この花火のように、妹と自分との関係は、ゆっくりと消えていくのか。はたまた、あの輝く星のように続いていくのか。鈴音は無邪気に笑う妹を見つめ、そんなことを考えた。


 家庭花火の締めくくりと言えば線香花火だろう。例に漏れず、毎年二人も締めくくりには線香花火を選んでいた。

 線香花火の火は少し寂しい。パチパチとはねて、ポツリと落ちる。


「ねえ、お姉様」

 少し寂しげな小鐘の声に、鈴音は意識して優しく「どうしたの?」と返事をする。

「来年もまた、二人で花火をしましょうね」

 花火の火花を見つめる小鐘と、小鐘を見つめる鈴音の目線は合わない。

 ただその、祈るような言葉が、不安とともに、鈴音の中に溶けてゆく。

「もちろん。何度だって」

 来年も、再来年も、きっと二人は一緒にいられる。鈴音はそう信じて、力強く返事をした。

 そしてようやく小鐘の持つ線香花火の火が落ちて、小鐘の目線が鈴音に合う。


 夏の終わりが、迫っていた。


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