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第13話 さざなみ

 ゆらゆら ゆらゆら

 海辺をたゆたう 赤色の目


 ゆらゆら ゆらゆら

 暗い水底から 私を呼ぶ声


**


 夏祭りも終盤、ようやく小鐘と鈴音に平穏が訪れていた。


「というわけでお姉様、遊びに行きましょう!」


 とある日の昼前、小鐘は元気いっぱいに、鈴音の過ごしていた居間に飛び込んできた。

 鈴音は読んでいた本を机に置くと、いつもと同じ、少し困った顔をしてみせた。


「唐突ね。行きたい場所でもあるの?」


 青海は海と山に囲まれた比較的穏やかな地域だ。夏の暑さも、冬の寒さもそう厳しくはない。災害もなく、治安もいい。青海が神域であることが大きな理由でもあるが、そもそもの気質としても比較的穏やかな人間が多い。

 裏を返せば町民らは特に派手な娯楽を必要としてない。縁側で将棋を打ったり、囲碁をしたり、あるいは四人集まって麻雀をしたりと家を出ずに過ごすことが多い。

 珍しくアウトドアな町民がいたとしても、せいぜい釣りやハイキング程度。

 山と海で物理的に、青海の町民性で精神的にも隔離されたこの村には、外から娯楽が入ってくることもほとんど無い。


 つまるところ、遊びに行こうと言っても、何か特別なことができるわけではなかった。

せいぜい駄菓子屋でお菓子やアイスを食べるくらいだ。


 小鐘は少し考え込んで、ふいに、今日見た夢を思い出した。

 ゆらゆらと揺れる水面。

 青海には小さなため池もあるが、夢で見たのは海だったはずだ。


「海、海に行きましょう!」


 海水浴はあまり好きではないので、浜辺で散歩だろうか。そよそよ流れる風、揺れる木々に、波の音。

 ああ、良い。これだ!


 最高のデートプランを思いついたと、早速準備に取り掛かろうとした小鐘を、鈴音が呼び止める。


「小鐘。お昼ご飯食べてからね」

「は〜い」


 時刻は十二時を少し過ぎたところ。

 食事をするにはぴったりの時間だった。


**


 昼食を終えた姉妹は、予定通り海に向かって歩いていた。

 日差しはまだまだ熱く、人が外で活動するには不向きな暑さだったが、常に海風が吹き、いささかながらも暑さを紛らわせた。


 神の加護によってか、日焼けも暑さも敵ではないように楽しく踊る小鐘を見て、鈴音は少し羨ましく思う。

 鈴音自身、自分は体力がある方だという自負があるが、真夏の日差しは手強い。鈴音は「ふぅ」と肩を揺らして息を吐いた。


「小鐘は、海が好きなの?」


 鈴音は日傘を傾けながら、そう尋ねた。

 小鐘はやや考え込んで「あんまり」と、道中で購入した棒アイスを咥えながら、つまらなさそうに答えた。


 では何故今日、ここに来たのか。

 いや、ここに来てしまったのか。


 鈴音は一抹の不安を抱きながら、妹の背中を見つめる。


 青海を治めるのは神である大潮命だ。

 だが同時に、青海には古より語り継がれる海の神がいるとされている。しかしその神は、海を乱す悪しき神として、大潮命によって封印された。


 浜辺から沖へそう遠くない場所に、太いしめ縄のかけられた岩がある。それが悪神を封印したものだ。

 悪神は禍津者、あるいは『大渦様』と呼ばれていた。


 岩に閉じ込められ動けなくなった大渦様は封印に怒り、その怒りは年月が過ぎるごとに増し、呪いとなり、徐々に封印を破壊しているのではないか?

 そして、その積年の怨みを晴らすべく、大潮命の神子の命を狙っているのではないか?


 鈴音は大きく首を振る。

 そんなことはない、そんなことはないはずだ。

 なぜならここは大潮命の管理下にあり、あの悪神にも目を光らせているはず。


 だから、妹が海へ来たがったのはきっとたまたまだ。特に観光場所もなければ遊技場もないこの町で、ただ海を選んだだけ。

 今は、そう信じることしかできない。


「小鐘、冷える前に帰りましょう」


 波打ち際で遊んでいた小鐘が振り返る。


「はい、お姉様!」


 そうだ、だってほら、小鐘は呼ばれてすぐに私のもとに戻ってきた。

 呪いなど無い。無いはずだ。


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