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第11話 神の血を継ぐ者たち

 計画通り夏休みの宿題を七月の内に終えると、あっという間に八月になった。

 人類を憎んでいるのかと思うほどに熱く、痛い日差しの下を、鈴音と小鐘は日傘を片手に大潮神社に向かって歩いていた。

 夏祭りの会場である大潮神社は山にあり、背の高い木々がある程度の日差しを遮ってはくれるが、やはり暑いという感情は湧いてくる。


 大潮神社は、山から海までを治める産土神『大潮命』を祀る、青海唯一の神社だ。青海の民は皆この神を信仰している。


 しばらく登ると古びた大きな鳥居が見えてくる。海も近く、劣化しやすいだろうに、妙にしっかりとしていて迫力があった。

 鳥居をくぐり、階段を登り、ようやく参道にたどり着くと、ある男が二人を出迎える。


「やあ、こんにちは、二人とも」


 男性は身長二メートル近くあり、姿勢もよく、パッと見るとその姿に圧倒される。

 けれども放たれる雰囲気は穏やかで、まるで威圧感などはない。


「こんにちは、汐さん。お久しぶりです」


 鈴音が前に立って挨拶する。

 それに倣って小鐘が頭を下げると、汐は更に深く頭を下げた後、優しく微笑んだ。


「お久しぶりです。見ないうちに大きくなりましたね」


 彼の名前は上守汐、現在の大潮神社の神主であり、鈴音たちの母・海良の弟だ。

 物腰が柔らかく、誰に対しても丁寧で優しいことから、広く町民に慕われている。そして同時に、青海の神を祀る神社の神主として、尊敬されていた。


「私にはまだ子供がいませんから、お二人に会えるのはいつも楽しみなんですよ。まあ、本来なら海良が家を出るはずもなく、もっと間近で成長を見られてのでしょうけどね」

 優しげな語り口調だった汐は、最後の方へ向かって段々と語気を強める。汐と海良の関係は決して悪くなく、喧嘩するほど仲が良いを体現したような関係なのだが……

「本当に、上守の生まれの女性が、上守を出るだなんてね。我が姉ながら本当にふざけた人ですよ」

 ははは、と笑顔を浮かべているものも、目の奥は笑っていない。汐の不満は、簡単に見て取れた。

 それもそのはず、海良は上守家出身としてはかなり特殊なことをしていた。


 元々上守家とは、大潮神社を守るべき家系だ。そのため、青海での地位はかなり高い。対して榊原は地主の家系で、こちらも青海での地位は高い。

 二つの家に地位の差はなく、役割に差がある。青海という町は、それ自体が一つの広大な神域である。榊原はその領域全体の安寧を預かる守護者。対して上守は、その神域の中で最も神に近い中心部──いわば、この神域の心臓とも呼べる本殿を直接護る役目を担っている。

 そして、上守も榊原も、本来は結婚する際に家を出ることはない。特に上守は、先祖を神とする説があり、すなわちその血筋は、”大潮命”の血筋と呼ぶこともできる。上守はその血筋を神の治める土地で脈々と引き継いできた。

 

 榊原は単純な血縁主義というだけだが、上守はその血そのものに意味がある。故に、神によって血を繋ぐことを直々に命じられていた。

 さらに言えば、可能な限り女性で血を繋ぐことを推奨している。

 どうしても女児が生まれない、女性が子を成せないとなった場合など、やむを得ない事情は考慮されるが、海良の場合は全くそうではなかった。


 現在上守の血を継ぐのは海良と汐、そしてその両親だ。

 故に、海良が榊原に嫁ぐなどということは、本来ありえないことだった。


「姉さんは本当に、いつもわがままで、自分勝手で、勝手に榊原に嫁ぐし、人のことを振り回して……」


 さて、こうなると汐さんの話は長い。

 二人の母に対する好感度はあまり高くないため、その点は問題ないのだが、いかんせん話が長い。

 どこで話を止めようかと迷っていると、後ろから能天気な声が聞こえた。


「おまたせ〜」

「姉さん!」


 これを救いとするのは少し癪だが、一旦は汐さんの話が止まった。


「遅刻だ、遅刻。姉さんはそうやっていつも時間にルーズで、待たされる身にもなってくれ!」


 今度は母に対して怒涛の文句が始まった。前言撤回だ。母が絡むだけで話はいつも無駄に長くなる。

 普段は穏やかで優しい口調の汐が、唯一荒っぽく扱うのが海良だ。さらに言えば、汐は普段「私」という一人称を使うが、海良を相手にした場合のみ「おれ」という幼少期の一人称が出ることがある。


「まあまあ、シオもそんなカッカしないで。色々やることあるんだから」

「お前が遅刻して来なけりゃ怒ってないよ!」


 忠臣と鏡矢は町民との打ち合わせのために町内会館の方へ行っているため、今日ここに集まるのは今いる四人で全員だ。

 既に話し合いの準備は整っているのだが、果たしてこの姉弟喧嘩はいつまで続くのか。小鐘と鈴音は顔を見合わせて、肩を落とした。


**


 大潮神社で行われる祭りの中でも、夏祭りはかなり重要で規模の大きなものになる。

 元々あまり広くない境内だが、夏祭りでは中央に神楽舞の舞台が組まれるため、更に狭くなる。


 通常、神楽舞を踊るのは神社にいる巫女だが、神に選ばれた神子のいる今は当然ながらその役割は小鐘に移っている。

 他にもやることがあるといえばあるのだが、小鐘に最も求められるのはこの舞の出来だ。

 だから、幼少期の小鐘はこの舞を、習い事の発表会のようだと感じていた。厳しい指導とそれを披露する場所という意味では、そう大きく変わらないのではないか、と。

 成長すれば考え方も変わり、青海の信仰にも馴染み、その意味を理解した。舞を踊る意味、そしてそれが神子であるべき理由も。


「学生でお忙しい身なのに、すみませんね。宿題とか、おありでしょう?」


 小鐘が舞の練習を一区切りつけて休んでいると、汐がペットボトルを持って現れた。ペットボトルは冷たいスポーツドリンクだった。

 小鐘はそれを笑顔で受け取り、体に流し込む。

「ふはぁ……ありがとうございます」

「いえいえ、神子様を支えるのが私の務めですから」

 そう言ってしまえばそうなのだろうが、単純に気が利く人なのだろう。母とは大違いだ。

 これでまだ独身なのは不思議なものだと思いつつ、肩にかけたタオルで汗を拭った。


 夏祭りまであと四日。

 神社はお祭り間近の様相を呈し、提灯が並び、華やかに飾り付けられていく。


 小鐘の稽古も佳境に入り、かなり洗練されてきた。あとは本番でその力を出し切るだけだ。


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