表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けを知らぬ月の巫女  作者: てるみち。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/46

四十六 火久弥

新たな定めが決まって数日後。


火久弥は月影の宮の広大な回廊を、腕を組んで歩いていた。

ここはかつて、十二人の巫女たちが暮らしていた場所だ。冷たい床、月光を思わせる淡い装飾、静寂が染みついた空気。


──今は火久弥を除いて、誰もいない。


新月の儀を終えた後、宮は空になった。月神に促され、火久弥はこの宮を住処とすることになったのだ。


侍女をつけるという月神の提案は、即座に却下した。


「我の居所に、無駄な気配は不要だ」


その結果、宮に出入りするのは最低限の神官だけになった。


誰もいない宮は、妙に広かった。

夜になれば月が照らし、やがてその光が退けば、自らの火球が遠く空を灼く。


静寂と光だけが、規則正しく巡っていた。




明くる日。

扉が開く音がして、若い神官が息を切らして駆け込んできた。白い衣に身を包み、手に巻物を持っている。


神官は火久弥の姿を認めると、ぱっと顔を赤らめ、慌てて跪いた。


「か、火久弥様! 月神殿にて、月神様がお呼びです!」


声が上ずっている。視線がちらちらと火久弥の顔に絡みつき、すぐに逸らされる。頬が熱を持ち、耳まで赤い。


火久弥は腕を組み、冷ややかに見下ろした。


「……急ぎの用か?」


神官はますます狼狽し、額を床につけんばかりに頭を下げた。


「は、はい!すぐに、ぜひと……!」


火久弥は内心で舌打ちした。人間の視線が絡みつくのは慣れているつもりだったが、こうも露骨だと面倒だ。



神官を従え、月神殿へと向かう。


回廊はどこまでも静かで、足音だけがやけに響く。神官は火久弥と一定の距離を保ったまま歩き、やがて一つの扉の前で立ち止まった。


神官は深く頭を垂れ、声を潜めた。


「……火久弥様がお見えになりました」


しばしの沈黙。


やがて、扉の向こうから月神の声が落ちてくる。


「よい。入れ」


神官が扉を静かに開ける。火久弥だけが中へ踏み入れた。


中では月神と──もう一柱が待っていた。


長い銀髪をおろし、微笑みを浮かべている。

皇母神であると、火久弥にもすぐに分かった。


前に月神殿で対面した時は、二人とも几帳の向こうにいて姿を隠していた。だが今は、はっきりとその姿を火久弥に見せている。


皇母神は静かに火久弥を見つめていた。


──こうして顔見せするのは始めての筈だが、どこか懐かしさを感じさせる奇妙な顔つきだ。


火久弥はその感覚を振り払うかのように腕を組み、不遜に口元をつり上げた。


月神が先に口を開いた。


「火久弥。余と皇母神の名において、汝を正式にこの国の神として認める」


皇母神もまた、穏やかに言葉を重ねる。


「あなたの光は、この国に新たな巡りをもたらしました。功は確かに、見届けましたよ」


「今さらか。遅いくらいだ」


「……だが」


月神の声が、わずかに引き締まる。


「汝が勝手に実を食し、霊薬を取り入れた件。その結果、一人の巫女が異形へと至った事実は、見過ごせぬ」


火久弥の瞳が、鋭く細められた。


「ほう。説教か?」

「裁きだ」


月神は淡々と告げる。


「よって汝には、一時的に神の座を離れ、現世で人として暮らしてもらう」


「……何だと?」


「神の座に強い執着を持つ汝には、お似合いの罰であろう」


「……ほう。神と認めた舌の根も乾かぬうちに、人として暮らせときたか」


肩をすくめ、わざとらしく嘆息する。


「よほど我が神格が眩しかったと見える。ここに置いておくのが怖くなったか?」


皇母神が目を伏せ、複雑そうな顔になる。月神は視線を逸らさずに告げた。


「揶揄はよい。汝の力は必要だ。だが、その在り方は改めねばならぬ」


「改める、だと?」


「人の身で、人の世の煩わしさを味わうがよい」


火久弥はせせら笑った。


「……どれほど我を現世に縛るつもりだ?」

「二十年ほど、と考えている」

「二十年?」


火久弥は一歩踏み出した。


「我が現世に渡っている間、火球に異変が起きたらどうする。あれは我にしか扱えぬぞ」


月神は少しも動じない。


「常世と現世では、時の流れが異なる。汝が現世で二十年を過ごそうとも、こちらでは半日にも満たぬ」


「……便利な理だな」


「理とは、そういうものだ」


「我を神と認めると言っておきながら、地に引きずり下ろす。──なかなか趣味が悪い。だが覚えておけ。人の皮を被せたところで、我が我であることは変わらぬ。現世が焼け野原にならぬよう、せいぜい祈っておけ」



火久弥はなおも口では文句を並べ立て、嫌みを連発した。


だがその胸中では、臘春の耳元で囁いた言葉が静かに蘇っていた。


──待っておれ、臘春。我が必ずそなたを救い出す


その言葉は火久弥の胸の奥で、静かに燃え続けていた。





本作はここで完結になります。


需要があれば、タイトルを新しくして続きとなる別作品を投稿したい気持ちがあります。


その目安になるので、下の【☆☆☆☆☆】から

面白かったら星5つ、普通だったら星3つ、つまらなかったら星1つ

という風に作品評価をいただけると嬉しいです。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ