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夜明けを知らぬ月の巫女  作者: てるみち。


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四十五 光

だが──一日、また一日と夜が巡り、意外なほどあっという間に十二日目を迎えた。


常夜の空の下、十二の星石は変わらずそこにあり、巫女たちは微動だにせず聖言を紡ぎ続けた。誰一人として詠唱を止めない。


飲まず、喰わず、眠らず。

ただ、光を捧げ続ける。


神の身体を得た火久弥にとっては、退屈さはあれど疲労はない。焔を制し力を流し続けることも、慣れればさほど苦でもなくなった。


それでも──。


(……よくやる)


ふとそんな感想が胸に浮かんだ。


(人の身で、ここまで持つとは)


そこに嘲りはなかった。



しかし、問題はそこではない。

正式な巫女ではない火久弥の焔が混じったせいか、新月の生成はどうにも上手くいかない。


十二日間、絶え間なく光を注ぎ続けているのに、できた月の輪郭は──火久弥の目にも明らかなくらい、小さかった。


火久弥は護符の下で歯噛みした。

(……我のせいか。我の焔が、調和を乱しているのか)


月神は中央に立ったまま。表情は変わらないが──あの神が、落胆しているように見えた。


(……ふん。神たる者が、こんな中途半端な結果で満足すると思うたか)


我慢ならなかった。

このままでは、自分自身が許せない。神の力を宿した自分が、こんな小さな月しか生み出せぬなど、笑いものだ。


火久弥は拳を握り直した。


(もう一度だ)


残りの時間を惜しみなく使い、何度も、何度も全力で焔を打ち上げた。


赤金の焔が柱となって噴き上がり、白銀の光を押しのけるように天へ奔る。

だが、月はなお小さいまま。


(まだか)


もう一度。


焔はさらに高く、さらに激しくなる。

渦を巻き、唸りを上げ、夜空を焦がす。常夜の闇が押し退けられ、熱波が周囲を揺らす。


月は、少しは大きくなった。だが、まだ足りない。まだ、常夜を押し返すには小さい。


火久弥はもう考えることをやめた。


(……ふざけるな)


胸の奥で煮えたぎる怒りを、ためらいなく天へ叩きつけた。


今までで最大の焔が、爆発的に噴き上がった。

赤く、金く、まるで天そのものを焼き払わんばかりの猛烈な火柱。


過去十二日間に打ち上げたすべての焔の残滓が、呼び寄せられるように集まり始めた。熱が渦を巻き、火柱に吸い込まれ、膨張していく。


最初は月の輪郭に収まろうとしていた。

だが、焔は焔同士を呼び、これまで火久弥が放ってきた赤金の光をすべて吸い寄せた。


焔は月の円から溢れ、押し出され、独立した塊となり始めた。


渦を巻き、凝縮され──月の隣に、もう一つの天体が形作られていく。


赤と金の核を持ち、周囲を灼熱の光が包む巨大な球体。


それは月とは対照的に、激しく脈打ち、熱を撒き散らし、常夜の闇を正面から焼き払うような輝きを放っていた。




夜は二つの光に照らされていた。


一つは、やや小ぶりながらも澄んだ輪郭を保つ月。

そしてもう一つは、荒々しくも力強く照らす火の球。


常夜に吹き溜まっていた穢れが、じりじりと後退していく。

白銀が浄め、赤金が焼き払う。

性質の異なる光が、奇妙な均衡を保ちながら闇を削っていった。


火久弥は荒く息を吐く。護符の下で、乾いた笑みが浮かんだ。


(……我の力で生まれた光だ。月にならずとも、役には立とう)


月神はその光景を、何も言わずに見つめていた。


だがその沈黙は、否定ではなかった。


小さくなった月と、それとは別に輝く火の球。

完全ではない。理想からは外れている。


それでも──闇を退けるには、十分すぎるほどの輝きだった。



闇に覆われていた大地は、ふと気付けば明るさを取り戻していた。


これまでは月が夜空に浮かび、この国は常に薄暗さに覆われていた。だが、火球が生まれたことで光が地を染め、影を押し退け、まるで長き夜を破るように世界を照らしていた。


家々の屋根、森の梢、川面に至る何もかもが、光に照らされて輝いている。澄んだ月の光が静けさを与え、火の球の熱が生命を呼び覚ます。夜はもはや闇ではなく、二つの光に満ちた広間のように広がっていた。


月神はその光景を見渡し、静かに手を下ろした。


「……新しき月が生まれ、儀は果たされた。闇は退き、穢れは祓われ、巡りは再び動き出す。これをもって、新月の儀は終わる」


火久弥は護符を乱暴に剥がし、周囲を見回した。


(……見よ、この輝きを。月だけでは半端な薄闇に過ぎぬ。我が焔が加わってこそ、世界は真に照らされ完成するのだ)


そして十一の星石に視線を向ける。だが巫女たちの姿は、いつの間にか消えていた。何一つ残さず、まるで最初からそこにいなかったかのように。


火久弥は腕を組み、月神に歩み寄った。


「ふん……ようやく終わったか。だが、あの巫女どもはどこへ行った? 儀が終わった途端に姿を消すとは、妙なことよ」


月神は空を見上げたまま、静かに言葉を落とす。


「……汝が探すものは、既に形を変えて空に在る。見よ、あの月を──声も姿も消えたように見えても、祈りは光となり残っておる。人の身は儀に耐えぬ。だが光は消えぬ。汝が見上げるその輪郭に、彼女らの息は今も宿っているのだ」


火久弥は月神の言葉を聞き、わずかに眉をひそめた。空の小さな月を見上げ、腕を組んだまま一瞬沈黙する。


「……そなたはいつも、曖昧な言い回しを好むな。だが、空に在るというならそれでよい。我が焔と並び立つとは……あの連中も、中々のものだ」


月神は火久弥の言葉に応じることなく、ただ空を見上げ続けていた。

小さくも澄んだ輪郭を保つ月と、その傍らで脈打つ赤金の火の球。

二つの光が並び立つ夜は、もはや常夜と呼ぶには明るすぎた。


やがて、月神は静かに口を開く。


「……余は二つの光を見ておる。月は穢れを祓い、癒しをもたらす。一方、汝の生んだ光は違う。穢れを焼き、闇を押し退け、世界を目覚めさせる猛き輝きだ」


火久弥は辺りを見回し、満足気な顔になる。地面の石一つ一つが鮮やかに浮かび上がり、草木の色が生き生きと蘇り、遠くの山並みが鋭く空を切り裂く。空気は軽く、穢れの重みが熱に焼かれて消え失せていた。


「……ふ、違いなど当然よ。これで常夜も終わりだな。これからは、我の光がこの世を照らすのだ」


月神は首をわずかに振った。


「汝の火球は力強く祓う。だが、常に照らし続けると熱に灼かれ、すべてが疲弊しかねん。二つの光が交互に国を照らすことで、初めて均衡が生まれる」


そして、厳かに告げた。


「一日の半分を汝の火球が照らし、残りの半分を月が照らす――それを、新たな定めとする」


火久弥は目を細め、口元を歪めた。


「……月神の分際で、我の光を制限しようというのか。半分など窮屈千万だ。だが……」


周囲の景色をもう一度見渡し、わずかに肩をすくめる。


「まあいい、受け入れてやろう。休息は必要だからな。月が照らす時、我は眠る。それでよかろう」


月神は静かに頷く。


「うむ。それが、新たな理だ」


二つの光はやがて互いに距離を取り、それぞれの軌道へと落ち着いていった。


そしてこの国には強すぎぬ光と、深すぎぬ闇が巡り始める。


火久弥は空を見上げ、胸の奥で呟く。


(臘春。我はこの世の理など意に介さぬ。……だが、そなたがいた世界を闇に沈めるつもりはない)


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