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造物のアルス  作者: おのい えな


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第87話

 翌日の朝、グラナード家の庭で、アルスとリデルはウィルとルナに鞍をつけていた。


 吐く息が白い。夜の冷えがまだ残る土の上に、二頭の影が長く伸びている。

 岩狼のウィルは落ち着き払ってじっと立ち、ルナは名残惜しそうに翼をふるりと揺らした。


 その少し離れた場所には、グラナード家の面々とセラ、そしてレムハート家の子どもたちが並んでいた。

 それぞれ外套の襟を立てながら、旅支度を整えた二人の姿を見守っている。


「お前たち、お土産は用意したのか?」


 バルドンが腕を組んだまま、低い声で問うた。


「私は、これがお土産なの」


 リデルが胸を張って、自分の頭を指差す。


 義肢を作るための頭とでも言いたいのだろう。

 アルスは思わず口元をゆるめた。


「……用意してませんでした」


 自分のほうは、と言われてアルスは正直に白状する。


(帰りに買うか)


 心の中で小さくそう付け足した。


「どのくらいいるんだ?」


「二つは用意しないといけません。一つは友達に、一つは師匠に」


「うむ。ならば少々待て」


 バルドンはそう言うと、屋敷のほうへとどすどす歩いていく。


 しばらくして戻ってきたとき、その手には封蝋の押された二通の手紙があった。

 赤い蝋に押されているのは、見慣れたグラナード家の家紋だ。


「これを」


「ありがとうございます」


 アルスが両手で丁寧に受け取ると、紙の重みが掌に伝わってきた。


 セラが、その横へ歩み寄ってくる。


「お前たち、学院を卒業したらどうするんだ?」


 唐突な問いに、アルスとリデルは顔を見合わせた。


「僕はまだ何も……リュマの手伝いをしながら考えようかと」


 アルスは少し考えてから、正直に答える。


 自分がこの先どこへ向かうのか、まだはっきりとした形になってはいない。

 ただ、あの家と、あの人のそばに一度戻ることだけは決めていた。


「私は……」


 リデルが一瞬言いよどみ、それからしっかりと顔を上げる。


「私は義肢職人になろうと思います」


 その声は、驚くほど迷いがなかった。


「今回ルナのためにやったけど、すごく嬉しかったから」


 ルナの翼を一度撫でてから、リデルはそう続ける。

 義肢をつけた時のルナの顔を思い出したのだろう。頬がふわっと緩んでいた。


「そうか」


 セラは短く言い、ふっと目を細めた。


「ならアルス。お前が良ければ、土脈隊に来い。歓迎する」


 当然のように、さらりと言う。


 アルスが返事に詰まるより先に、別の声が被さった。


「聞き捨てならんな。こいつはどうみても岩狼隊に入るだろう」


 バルドンが顎鬚を撫でながら断言する。


「何を馬鹿なことを言っているの? 谷翼隊に入るに決まってるでしょ?」


 ミレイも負けじと声を上げた。


 どこかで見た景色が、目の前で始まる。


「土脈隊だ。全体を見通せる頭がある。それに土の魔法士としても優秀だ」


 セラがまず理を並べる。


「いや、岩狼隊だ。ウィルといつも一緒にいる。岩狼と息があっている証拠だろう」


 バルドンが腕を組み直しながら言い返す。


「谷翼隊よ。ルキア種に懐かれたこと。それ以外に説明いる?」


 ミレイは、当然とばかりに胸を張った。


 三人がそれぞれ一歩も引かずに言い合いを始める。

 土脈隊、岩狼隊、谷翼隊――土の国を支える三つの力が、今はひとりの少年をめぐって口論しているのが可笑しくもあった。


 横で、ウィルとルナが同時にため息をつく。


 岩狼は鼻先をそっと振り、ルナは翼をばさりと一度だけ広げてから、呆れたように三人を見やった。


「モテモテだね」


 リデルが、くすりと笑いながら囁く。


「……もういこっか」


 アルスは、さすがに居心地が悪くなって視線をそらした。


 馬の鞍を締め終えたときとはまた違う、胸のざわつきがあった。


 それでも、振り返らなければならない。


「じゃあ、みんな。また二ヶ月後!」


 アルスはウィルの背に跨がりながら、振り返って声を張り上げた。


 レムハート家の子どもたちが、庭の端から両手をぶんぶん振る。


「ウィルとルナ、お兄ちゃんたち、バイバーイ!」


 高い声がいくつも重なる。


 ウィルが前足を一歩踏み出し、ルナも軽く地を蹴った。


 行きは馬車だったが、帰りは二匹の背だ。

 行きとは比べものにならない速さだった。


 風が顔に当たる。

 グラナード家の屋敷と庭が、あっという間に背後へと小さくなっていく。


 他の荷物は、後日グラナード家が送ってくれるそうだ。


(……すごい財力)


 アルスは、背中越しに聞こえたバルドンの「任せろ」という声を思い出しながら、心の中でつぶやいた。


 ◆


 馬車の旅とは比べものにならない速度で、ふたりを乗せたウィルとルナは大地を駆けた。


 岩狼の四肢が、土を軽やかに蹴る。

 ルナは時折低く滑るように飛び、風を切る音だけを残していく。


 そのおかげで、一日でもうヘイメリア帯を抜けてしまった。


 行商人の馬車や、他国からの使いと思しき一行とすれ違うたび、驚いた視線がこちらへ向けられる。

 狼と翼獣に直接乗って駆け抜けていく子どもたちというだけでも十分目を引くのだろう。


 日が落ちる頃には、アルベス側の詰所に到着してしまった。


 石造りの壁と塔が並ぶ、小さな砦のような詰所。

 国境を越えてきた者たちが最初に通る場所で、夕暮れの空の下、外灯が一つ、また一つと灯り始めている。


 詰所の前の広場に降り立つと、そこには懐かしい影が二つ、こちらを待っていた。


 ランドとフィノだ。


 アルスは思わず声を上げた。


 振り返った二人の顔に、同じような笑みが浮かぶ。


 二人はルナを見るや否や、驚いていた。


 その夜、あれから起こったことを話して大いに盛り上がった。


 修行、ルナ、そして密猟者の話。


 どれも二人はちゃんと聞いてくれた。


 そうやって、夜を明かした。


 次の朝旅立つ前に、リデルが思い出したかのようにカバンから、手紙を取り出す。


 「フィノ。はいこれおばあちゃんのサイン」


 フィノが嬉しそうに飛び跳ねていた。


 そしてアルベスへ出発した。


 土の国での日々が、ひとまず終わり、懐かしい土地での時間が動き出そうとしていた。


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