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造物のアルス  作者: おのい えな


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86/95

第86話

前回84話を間違って86話の内容で投稿してしまいました。

したがって、今回84話から見直してくいただけると幸いです。

申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

 それから、ひと月が過ぎた。


 朝はセラの指導を受け、午後はセラにユベルの魔法を教える――そんな日々が、当たり前のように続いていた。


 そして昼を過ぎると立場が入れ替わる。


 今度はアルスがセラの前に立ち、ユベルから叩き込まれた「結晶化」の手順を一つひとつ説明し、実演していく。


 セラの飲み込みは、やはり早かった。


 最初は眉間に皺を寄せていたユベルの魔法も、数日も経てば、ぎこちなくながらも結晶を作り出せるようになっていた。

 アルスほどの速度ではないにせよ、一か月が終わるころには、いくつもの土の魔法を結晶としてストックできるようになっている。


 ルナの尻尾の調整も、ひと通り終わっていた。


 土の国での用事は、もうほとんど片付いてしまったのだと、アルスはときどき実感を持って思うようになっていた。


 ◆


 その日の夕食は、グラナード家のいつもの食卓だった。


 分厚い木のテーブルの上には、焼いた肉と根菜のスープ、香草をちりばめたパン。

 土の国らしい素朴な料理が並び、暖かな灯りがそれを照らしている。


 バルドンとミレイ、リデル。

 その間にアルスが座り、ルナは窓際で翼を小さく畳んでいた。


 食事も半ばを過ぎたころ、リデルがスプーンを置いた。


「おじいちゃん。話があるの?」


 少し緊張を含んだ声だった。


 バルドンが、湯気の立つスープから顔を上げる。


「なんだ? お前の頼みならなんでも聞こう」


 笑いながらそう言う祖父に、リデルは一度だけ息を吸い込んだ。


「そろそろ帰ろうと思うの」


 その一言で、スープを口に運んでいたバルドンの手が止まった。


 匙から、ぽとりと一滴だけスープが落ちる。


「……そうか。さびしいな」


 しわの刻まれた顔に、素直な寂しさが浮かんだ。


「そうね」


 ミレイも、小さくうなずく。


 けれど、すぐに表情を切り替えた。


「ただもうすぐ、五環祭が始まるじゃない」


「ああ、そうだった」


 バルドンの顔に、いつもの豪快な笑みが戻る。


 リデルのほうへ視線を向けなおしながら、続けて言った。


「そうだそうだ。しんみりするのは、まだ早いな」


「五環祭って?」


 アルスが首を傾げる。


「アルス知らないの?」


 リデルが目を丸くする。


「うん」


 アルスは素直にうなずいた。

 山で過ごした日々を思い返しても、その名前を聞いた記憶はなかった。


「五環祭はね、五国環陽祭のことを言うの。魔石戦争を終わらせた時の平和の象徴の祭り。五年に一度、アルベスで開催されるの」


 ミレイが、穏やかな声で説明する。


「一か月ぐらい続いて、アルベスに信じられないぐらい人が集まるのよ」


 リデルが楽しそうに身を乗り出して付け足した。


「すごいね。想像できないかも」


 アルベスの中心部に、一国どころか五国から人が集まる光景を思い浮かべようとして、アルスは苦笑する。


 山の中で、聞こえるのは風と獣の声だけだった場所とは、あまりにも違いすぎる。


「そっか、アルス昔、山で生活してたって言ってたもんね」


 リデルが、どこか懐かしむように言った。


 アルスは小さく頷く。


「それにバルドンさんたちが呼ばれているんですか?」


「国の代表が集まるからな、行かないわけにはいかない」


 バルドンがうなずく。


 その声には、ひとりの家長としての責務と、祭りへ向かう期待とが混ざっていた。


「いつ始まるんですか?」


「これから二か月後の話だ」


 バルドンは指折り数えるように言う。


「お前たちは、いつここを発つ予定なんだ?」


「明日、お世話になった人に挨拶して、明後日帰ろうと思う」


 アルスが答えると、バルドンは短く目を閉じた。


「そうか……さびしいな」


 今度の言葉は、先ほどよりも少しだけ穏やかだった。


 受け入れた上で、それでも寂しいと言う声音。


 ◆


 翌日、アルスとリデルは、朝からバルクレイン院へ向かった。


 土の匂いと朝の冷たい風の中を、ルナとウィルとともに歩いていく。

 空は高く、雲は薄い。


 バルクレイン院の門をくぐると、いつものように忙しなく人々が行き交っていた。

 訓練に向かう魔法士たち、書類を抱えた職員、外套の裾を翻して走る見習い。


 まずは学長と、受付の女性に挨拶をする。


「世話になったな」


 学長は短くそう言って、アルスとリデルの頭を軽く叩いた。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 アルスが頭を下げると、受付の女性も、少し名残惜しそうに微笑んだ。


「寂しくなるわね。また学院に寄ることがあったら、顔を見せてちょうだい」


「はい」


 簡単な言葉のやり取りだけで、十分な温かさが伝わってきた。


 そして、訓練場へ向かう。


 土を叩く音と、掛け声が響く広場の端で、セラとトールがこちらに気づいた。


「寂しくなるな」


 セラが、腕を組んだまま言う。


「はい」


 アルスは、背筋を伸ばして返事をした。


「元気でな! アルス!」


 トールが大声で叫ぶ。


「トールもね」


 アルスも笑って返した。


 共に土を踏みしめ、魔法でぶつかり合った相手。

 どこか兄弟のような距離感が、二人の間に生まれていた。


「そういえば二人は五環祭来るんですか?」


 アルスが思い出したように尋ねる。


「ああ、行くぞ」


 セラが答えた。


「だから今、土脈隊の私が学院に出向いて、この子に修行をつけている」


 少し誇らしげにトールの肩を叩く。


「どういうことですか?」


 アルスが首を傾げると、トールが不思議そうな顔をした。


「学院の人間なのに知らないのか?」


「はい……」


 アルスが素直に認めると、セラが軽くため息をついた。


「まったく、先生は何も言わないから困る」


 ぼやきながらも、セラは説明してくれた。


 五環祭の期間中、各国がそれぞれ培ってきた魔法の技術を持ち寄り、模擬戦を行うこと。

 その際、三人の人間が各国から代表として選ばれること。


 一人は学院から、十五歳以下の者。

 一人は国の兵士に相当する者。

 一人は民間から選ばれた者。


 この三人が、各国の代表として戦うのだと。


「そこで今回、私とこの子が選ばれたから、今私は学院にいるんだ」


 セラが言う。


 学院の代表としてトール。

 兵士の枠として、セラ。


 二人が土の国の顔として、アルベスへ向かうのだという。


「そうだったんですね」


 アルスは、ようやく全体のつながりを理解してうなずいた。


「だから、向こうでまた会えるさ」


 セラが笑う。


「あえるさ!」


 トールも元気よく同じ言葉を繰り返した。


「はい」


 アルスも、力強く頷いた。


「でも、お世話になりました」


「お世話になりました」


 アルスとリデルは、そろって頭を下げる。


「ああ、こちらこそありがとう」


 セラは、いつになく柔らかい声で言った。


「五環祭までに、あれをものにして、先生を驚かせるさ」


 ニヤリと笑って、アルスの肩を軽く叩く。


 その「あれ」が何を指しているのか、アルスはよく分かっていた。


「はい」


 アルスも笑って答える。


 五環祭。アルベス。

 そして、その場所で再び会う約束。


 土の国での時間が、静かに一つの区切りを迎えようとしていた。

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