表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
造物のアルス  作者: おのい えな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/96

第81話

 ジルナールが、口の端を吊り上げた。


「やれるもんならな」


 その一言が合図だった。


 男の掌の甲に埋め込まれた魔石が、再び淡い光を帯びる。


 足元の土が、ざわりと逆立った。


 次の瞬間、ジルナールの周囲から細い影が何本も伸びた。


 土の鞭だ。


 地面から生えたそれらは、しなやかにしなりながら、アルスめがけて一斉に襲いかかってくる。


「っ──!」


 アルスはとっさに横へ跳ぶ。


 避けた場所を狙うように、別の鞭がすでに地中から回り込んできていた。


 足元の土が爆ぜ、脛をかすめる。


 土の鞭は、一本ではない。


 地面のあちこちから、まるで何本もの腕が伸びてきたかのように、遅れて、早く、絡み合いながら追いかけてくる。


(速い……!)


 アルスは後退しながら、足元の土を隆起させて盾を作る。


 だが、その盾に向かって来る鞭は一本もない。


 わざと外れた場所に生えた鞭が、盾の影から抜けるようにして横合いを叩いてくる。


 発生した地点と、襲ってくる場所が直線では繋がっていない。


 地中で経路を曲げられている。


(土の魔法士同士の戦い方を、よく分かってる……)


 土の防御を置きたくなる場所。

 そこから半歩ずれたところ。

 アルスが「ここが危ない」と本能的に感じる場所を、ジルナールはあえて外して攻めてきていた。


 槍を作って正面から叩き落とそうとすれば、その影の下から別の鞭が伸びる。


 壁を立てれば、地表すれすれを這う鞭が足首を狙う。


 近づこうと一歩踏み込めば、その足場が爆ぜてバランスを崩される。


 土が、ジルナールの意志にとって都合のいい形に、先回りして変化していく。


 距離が詰められない。


 土の魔法士同士の間合いが、一方的にジルナールの都合で管理されていた。


 アルスは、息を整えながら横へ走る。


 トールと戦ったときのように、ただ受けるだけではなく、動き回りながら様々な形の魔法を試していった。


 細かい砂利を巻き上げて視界を奪おうとした。

 足元を盛り上げて、自分のいる場所だけ高台にした。

 地面に溝を刻み、相手の足場を限定しようともした。


 だが、そのどれもが、あっさりといなされていく。


 巻き上げた砂利は、鞭の一振りでまとめて叩き落とされた。

 高くした足場は、側面から突き上げる衝撃で崩される。


 刻んだ溝は、そのすべてを跨ぐように鞭がしなり、何の意味も持たなくなった。


(トールと違って……小さい魔法も、ちゃんと見てる)


 アルスは、走りながら奥歯を噛みしめる。

 マナの感知が甘くない。


 どれだけ小さく、短く土を動かしても、その微細な変化がすぐに察知され、対処される。

 土の魔法士としての経験値が、圧倒的に違う。


(セラさんほどじゃないかもしれない。でも……少なくとも、今の僕よりは遥かに上)


 認めざるを得ない事実だった。

 それでも、アルスは足を止めなかった。

 走り、躱し、受け、また試す。

 その一連の動きを、ジルナールはどこか楽しげに眺めていた。


「君も、だいぶ普通じゃないね」


 ふと、ジルナールが言った。


 アルスは答えない。


 代わりに、土の槍をひとつ、低い姿勢から滑るように走らせる。


 ジルナールはそれを、外套の裾をひるがえして避けた。


「その身体能力、目の良さ、身のこなし、壊れにくさ。それに勘もいい」


 鞭を扱いながら、淡々と観察結果を並べ立てる。


「どれも、今まで遊んできた相手よりずっと上だ」


 言葉の端に、「遊ぶ」という単語が乗っていた。


 ルナに対して使ったものと同じ、最悪の響きだった。


「もしかして――君も、“珍しい生き物”なのかい?」


 軽く首を傾げながら言う。


 その瞬間、アルスの肩がぴくりと揺れた。


 ジルナールは、その微かな反応を見逃さない。


「そっか。なら、あの翼獣に同情するよね?」


 にやにやと笑いながら続ける。


 ルナと自分を、同じ「珍しい生き物」という枠に入れられた。


 それが、彼にとってはただの分類で、ただの興味でしかないということも、嫌というほど伝わってきた。


 また、怒りが込み上げてくる。


 胸の奥で、熱い何かが爆ぜた。


「…………っ」


 アルスは、喉の奥で息を飲む。


 思考よりも先に、身体が前へ出ていた。


 今度はこちらから踏み込む。


 土の槍を二本、三本と連ね、継ぎ目をずらしながらジルナールの足元を狙って突き立てる。


 同時に、一歩でも距離を詰めようと身を低くする。


「そうそう。そうやって来てくれないと」


 ジルナールの口元の笑みが、わずかに深くなる。


 次の瞬間、地面がうねった。


 今までのものとは違う、太い土の鞭が一本。


 まるで柱のような重さを持ったそれが、横薙ぎにアルスの視界を埋める。


「──っ!」


 避けきれないと判断したアルスは、自分の正面に土を盛り上げて衝撃を殺そうとした。


 だが、間に合わない。


 即席の壁ごと、土の鞭に叩き飛ばされた。


 鈍い衝撃が全身を駆け抜ける。


 視界がぐるりと回り、世界が上下を失う。


 頭を何か硬いものにぶつけた感覚があった。


 土の地面を数度跳ねてから、ようやく体が止まる。


「っ……」


 うまく息が吸えない。


 手をつこうとして、指先にぬるりとした感触を覚えた。


 見ると、血がついている。


 額のあたりから流れ出した血が、こめかみを伝って顎へ落ちていた。


(……やっぱり、土の魔法士としては勝てない)


 荒い息を整えながら、アルスは思う。


 それでも、意識ははっきりしていた。


 倒れ込んだ姿勢のまま、土に触れている掌に意識を向ける。


 地面を通して、ジルナールの強さが伝わってくる。


 さっきからずっと、ジルナールは土に指先を浸し続けているような感覚だった。


 こちらが少し土を動かそうとするたび、その前段階で、向こうのマナが先に反応する。


 先読みしている。


 いや。


(甘えてない)


 アルスはそう言い換えた。


 相手のマナ感知に、甘えがない。


 小さな揺れも、遠くの変化も、全部拾っている。

 土を通して伝わる「予兆」を、決して見逃していなかった。


 その徹底ぶりに、隙がない。


 バルドンの言葉が、頭の中に蘇る。


 ――『魔法の発動の予兆を感知してくる』


(今、まさにそれをやられてる)


 土を動かせば、その瞬間に読まれる。

 土の魔法士として正面からやり合う限り、自分の一手は、必ず半歩遅れる。


 それが分かった瞬間、逆に頭が冷えた。

 ジルナールがゆっくりと歩いてくる気配を感じながら、アルスは目を閉じる。


(なら──)


 魔法を感知させない方法があれば。

 土を通して予兆を読む、その前提から外れた攻撃があれば。


 エルネの姿が、ふっと脳裏に浮かぶ。


 「発想を自由に……」


 小さな言葉として口に出ていた。


 馬鹿正直に真正面から戦う必要はない。


 土を通して予兆を読む相手なら、その思い込みの外から殴ればいい。


 今、自分が使える魔法の中で、ジルナールの想定の外にある魔法。


 ――ユベルの魔法。


 戦いのために使ったことは、まだほとんどない。


 けれど、その構造と感覚は、骨の芯まで叩き込まれている。


(……もしかして)


 アルスは、ゆっくりと上体を起こした。


 額から流れた血が、頬を伝って落ちる。


 ジルナールが、興味深そうにこちらを見ていた。


「まだ立つんだ。偉いね」


 揶揄うような声。


 アルスは、それには答えなかった。

 頭の中はもう別の世界だった。


 (ユベルの魔法は、本来なら魔法を作り出して、記憶して、分解して、結晶にする。


 だが、その手順を全部踏めば、ジルナールに警戒される。


 ――なら、最初から結晶として作ればいい。


 ここ二ヶ月、何度も練習してきた魔法だ。構造はもう身体が覚えている。

 ここには、土のマナも潤沢にある)


 アルスは手のひらに土が集まり、土マナの”結晶”を生み出した。


 返事の代わりに、こつりと結晶が地面に落ちる。


 でも、マナの大きな揺れは存在しない。

 

 生み出したのはただの”マナの塊”


 ジルナールの反応が、わずかに戸惑いを含んだものに変わる。


 「……なんだその石?」


 アルスの口角が、もう一度わずかに上がる。


 土の国の郊外、静かな土の上で、少年は新しい戦い方を思い描いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ