第77話
その日の話し合いは、一度そこまでだった。
「リデル君、尻尾の切除はどうするかね?」
オルドが問いかける。
ルナの尾に目をやると、結晶は根元近くまで迫っていた。
それでも、わずかに残った柔らかな部分が、かすかに震えている。
「それは……」
リデルは唇を噛む。
切らなければ、結晶化は止まらない。
切れば、その痛みを与えることになる。
「やるなら早めが良いじゃろう」
オルドの声には迷いがなかった。
「それに、切ってから傷が治るまで魔道具はつけられん。義尾を用意したところで、すぐには使えんの」
「はい」
リデルの返事は短い。
だけど、その声は震えていなかった。
「だから、二日後に切るのはどうじゃろうか?」
オルドは、あくまで提案として告げる。
その二日間で、できることをする。
それ以上先に延ばせば、今度は結晶化のほうが早く進んでしまう。
「……はい。それが良いと思います」
リデルが、しっかりと頷いた。
彼女の中では、もう答えは決まっていたのだろう。
「それまでは、最低限マナの使い方をその子に教えてあげることじゃな」
オルドが続ける。
「はい」
リデルの返事に、今度は少しだけ力がこもる。
「では」
オルドが歩み寄り、ルナを閉じ込めていた檻の施錠を解いた。
鉄の錠が外れ、扉が軋んだ音を立てて開いていく。
ルナは一瞬だけ身をすくめたが、やがてゆっくりと檻から出てきた。
結晶化した尾を庇うように、慎重に足を運ぶ。
「今日は家に帰ると良い」
オルドが静かに告げる。
「ありがとうございます」
リデルが頭を下げた。
ルナも一度だけ、オルドのほうを振り返る。
「切除はどこでやるんだ?」
セラが尋ねた。
「うちでやろうかと」
リデルが答える。
「見に行って良いか?」
問いの調子は淡々としているが、その奥にあるのは職務と責任だ、とアルスには分かる。
「はい。ぜひ来てください。ルナも安心します」
リデルは迷いなく言った。
セラは小さく頷く。
「アルス。トール」
セラが二人の名を呼ぶ。
「お前たちへの修練は、それまで一旦お預けだ」
アルスとトールが顔を見合わせる。
「きっちり、リデルとルナにマナの使い方を教えるように」
代わりの命令。
「はい」
「はーい」
返事は揃った。
「じゃあ、これでここは解散かの」
オルドの一言で、厩舎の中の空気がほどける。
教師たちはそれぞれ持ち場へ戻り、セラも土脈隊の仕事に顔を出すため、学院の奥へと歩いていった。
トールはアルスに軽く手を振り、走って修練場のほうへ消えていく。
残ったのは、アルスとリデルとルナとウィルだけだった。
「私たちも帰ろう」
リデルがルナの首元を撫でながら言う。
ルナは、低く鳴いて応えた。
学院を出て、街道を歩く。
いつも通った道だ。
けれど今日は、いつもより道幅が狭く感じた。
ルナがすぐ隣を歩いているから、というだけではない。
これから二日後に起きることを、誰もが頭のどこかで意識していた。
リデルはルナの歩調に合わせて歩き、アルスはその少し後ろをウィルと並んでついていった。
◆
グラナード家の門が見えてくると、ルナの耳がぴんと立った。
大きな石造りの門と、広い庭。
リデルが育った家だ。
「ただいまー」
玄関の扉を開けながら、リデルが声を上げる。
「というわけで、こちらがルナ」
少しして、奥からミレイが出てきた。
エプロン姿のままのミレイは、玄関先に立つ黒い翼獣を見て、目を丸くする。
「へえー、ルキア種を盟晶にするなんて、私が見た中で二人目よ」
「もう一人いるの?」
リデルが首を傾げる。
「この国のお偉いさんね」
ミレイは意味ありげに笑った。
ルナは、屋敷の匂いを確かめるように鼻を鳴らしている。
知らない場所のはずなのに、リデルの後ろにぴたりとついて離れない。
「ということは、あんた晶装士になったのかい?」
ミレイの視線が、リデルの胸元へ向かう。
服の上からでも、魔石のある位置はわずかに分かった。
「うん! おばあちゃんたちと一緒!」
リデルが胸を張る。
「嬉しいねえ」
ミレイは目を細め、目尻にしわを寄せた。
「けど、おじいちゃんにはタイミングを測ったほうがいいかもね」
「どうして?」
リデルが問う。
「あの人は、アスリナのことを今でも後悔してるから」
「……お母さん」
リデルの声が少しだけ沈む。
ミレイは小さく頷いた。
「あ、そうだ。私呼ばれてないけど、魔石の埋め込みはどうしたんだい?」
ふと思い出したように問われて、リデルは一瞬だけ目を泳がせる。
「……アルスにやってもらっちゃった。急ぎだったから」
「え?」
ミレイより先に、アルスが反応した。
「はい。僕がやりましたが、何かいけないことだったんでしょうか? みんなの反応もちょっと気になって」
学院での、一瞬の静まり返りを思い出す。
ミレイは「ふうん」と小さく息をつく。
「いけないことじゃないんだけどね」
言葉を選ぶようにしながら続けた。
「なおさらおじいちゃんには、言わないほうがいいかもねぇ」
「……そんなにまずいことなんですか?」
アルスが首を傾げる。
「まずいっていうより、重いのさ」
ミレイは笑っているが、その目はどこか遠くを見ていた。
「って言っても、すぐバレると思うけど」
肩をすくめて言った、そのとき。
玄関の扉が、勢いよく開いた。
「リデル、聞いたぞ!」
低く通る声とともに、堂々とした体格の老人が立っていた。
リデルの祖父――グラナード家の当主だった。
その後二日にわたって、バルドンさんの大騒ぎは続いたが、不思議とアスリナさんのことだけは口にしなかった。




