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造物のアルス  作者: おのい えな


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第76話

 リデルは、思ったより早く戻ってきた。


「これだけ持って来れた」


 肩から提げていた袋を外し、そのまま檻のすぐ前に置かれた机の上へ、ざらざらと中身をあける。


 机の上に、さまざまな色と形の魔石が転がった。


「中型、小型、それぞれ半分ずつぐらいね」


 リデルが指先でざっと数える。


 中型と小型、それぞれ二十個ほどはありそうだった。


 セラが、あからさまに目を丸くする。


「……グラナード家、恐ろしいな」


 セラが小さく呟くと、近くにいたトールも「だよね……」と苦笑いを浮かべた。


「でもこれだけあると、どれ選べばいいかわからないね、ルナ?」


 リデルが、机の上の魔石の山と、檻の中の黒い翼獣を見比べる。


 ルナは、しばらくじっと見つめていたが――やがて、立ち上がった。


 檻の格子の間から、そっと前足を伸ばす。


 爪先が、ひとつの魔石に触れた。


 五センチ角ほどの、中型の魔石。

 澄んだ琥珀色に、土の光が封じ込められている。


 ルナの目の色と、まったく同じ色だった。


「これがいいの?」


 リデルが問いかけると、ルナは短く鳴いた。


「ぎゃ」


 それから、こくんと頷くように首を傾ける。


「学長。これにします」


 リデルが魔石を両手で持ち上げる。


「ふむ。では家族の者を呼んでくる」


(家族?)


 アルスは小さく首をかしげた。


 その疑問が口を出る前に、リデルがぱっと顔を上げる。


「あの、それなんですけど――アルスにやってもらおうかと思います」


 今度驚いたのは、セラだけではなかった。


 オルドもトールも、わずかに息を呑む。


「何を?」


 オルドが慎重に問い直す。


「魔石の埋め込みを」


 リデルははっきりと言った。


「わかった。僕にできることであれば」


 アルスは、よく分からないまま答えていた。


 その横で、セラが額に手を当てる。


「お前、意味わかってるのか?」


 低い声で問う。


「魔石の埋め込みの、お手伝いでしょ?」


「お前なあ、それは――」


「セラさん! いいの。私が言ったんだから」


 リデルがあわてて割って入った。


 顔が少し赤い。

 緊張からなのか、アルスには判断がつかない。


「……ふむ。では、わしらは外に出よう」


 オルドがそう言って、セラやトールたちを促す。


 ひとり、またひとりと厩舎を出ていく。


 扉が閉まる音が響いたあと、残ったのは――


 アルスとリデルとウィル、そしてルナだけだった。


 ◆


 リデルは、静かに上着を脱いだ。


 アルスは思わず顔をそらす。


「リデルは、どこに魔石を埋め込むの?」


 背けたまま問いかける。


「ルナと同じ場所。胸の上」


 リデルの声は、思っていたより落ち着いていた。


「はい、アルス」


 振り返らないまま差し出された手に、冷たい感触が触れた。


 小ぶりなナイフだった。


 それが何を意味するのか、理解できないほど鈍いアルスではない。


 リデルの肌を切り、その場所に魔石を埋め込む――。


 喉が、からからに乾く。


 アルスはゆっくりと顔を戻した。


 リデルは肌着の襟元を少し下げ、胸の上を露わにしている。


 恥ずかしさは、一瞬でどこかへ消えた。


(……やるって言ったのは、僕だ)


 アルスは短く息を吸い、刃を確かめるように見つめた。


 ウィルが、すぐそばで静かに座っている。

 ルナも、檻の中からじっとこちらを見ていた。


「いくよ」


 アルスはリデルにだけ聞こえる小さな声で告げる。


「うん」


 リデルが、ぎゅっと目を閉じた。


 アルスは、魔石の幅と同じ長さを頭の中で測り、その通りに刃を滑らせた。


 皮膚が裂ける感触が、手に伝わる。


 赤い線が開き、血が滲んだ。


 アルスは手を止めない。


 刃を置き、代わりに魔石を手に取る。


 琥珀色の石が、光を受けてわずかにきらめいた。


「我慢して、リデル」


 アルスは傷口に、ゆっくりと魔石を押し当てた。


 肉を割り、血を押し分けながら、石を沈めていく。


「っ……」


 リデルが喉の奥で短く呻いた。


 指先を通して、肉を抉るような感覚が伝わる。

 それでも、途中で止めるわけにはいかなかった。


 最後の縁までぴたりとはめ込む。


 魔石が、胸の中に収まった。


 中型なので、皮膚の上に、ほんの少しだけ琥珀色の面が覗いている。


 ルナの瞳と同じ色が、リデルの胸元で静かに光っていた。


「……お疲れ、リデル」


 アルスがそっと声をかける。


「ありがとう、アルス」


 リデルは、まだ汗の残る額で、小さく笑った。


 ウィルが鼻を鳴らし、ルナが低く喉を鳴らす。


 アルスは知らない。


 魔石の埋め込みは、“家族”もしくはそれ相応の関係が求められることを。


 ◆


 リデルの胸に、琥珀色の光がひとつ灯っていた。


 魔石は、完全には埋まっていない。

 肌の上に、指先ほどの面がわずかに覗き、そのまわりを血の滲んだ布が押さえている。

 それでも、さっきまでの「傷」とは違う。そこには、静かな脈動が宿っていた。


 リデルが上着を羽織り直しているあいだに、アルスは厩舎の外へ出て、セラとオルドたちを呼びに行った。


 戻ってくるころには、リデルはもう立ち上がっていた。

 顔色こそ少し青いが、足取りは思ったよりしっかりしている。


「終わりました」


 リデルがそう告げると、セラがじっとこちらを見た。


 なんとも言えない目つきだった。


「どうしたんですか?」


 アルスが首を傾げると、セラは小さくため息をついた。


「いや、ここまで無知だと怖いなと思って」


「?」


 意味が分からず、アルスは目を瞬かせる。


 そのあいだに、ゾロゾロと皆がリデルの前に集まってきた。


「どうじゃ、気分は?」


 オルドが問いかける。


 リデルは自分の胸元を一度押さえてから、ゆっくりと答えた。


「なんだか……気持ち悪いです。もう一個、感覚が増えたみたいで」


「そうじゃの。それが普通じゃよ」


 オルドは、どこか嬉しそうに目を細める。


「あと、ルナやウィルの意思? みたいなのが伝わってくる気がします」


 リデルは、檻の中のルナと、そばに座るウィルを見た。


 ルナは黒い耳をぴんと立て、じっとリデルを見返している。

 ウィルは尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


「それが土の晶装士じゃ」


 オルドの声が静かに落ちる。


「お互いが信頼していなければ、起こり得ない」


 リデルは胸の前で握っていた拳を、そっと開いた。


「それに、マナの扱い……もしかしたら、もう分かるかも」


 ぽつりと落ちたその言葉に、セラの視線が鋭く向く。


「そんなはずない」


 即座に切り捨てるような声。


「それは、生まれたばかりの赤子がすぐ歩くのと、同じぐらいあり得ない」


 リデルは、少しだけ躊躇ってから――右手をゆっくりと前にかざした。


 空気の流れが、わずかに変わる。


 アルスには分かった。

 土のマナが、リデルの掌の前に、ふわりと集まり始めている。


 何かがきらめいたわけでも、地面が揺れたわけでもない。

 それでも、そこに「力の偏り」が生まれているのが分かる。


「……うそでしょ?」


 セラが呟いた。


 今にも倒れそうな顔をしている。


 オルドが喉の奥で笑った。


「ほっほっほ。さすがグラナード家の娘じゃ」


 リデルはすぐに首を横に振る。


「……ちがう。これはウィル。あなたが教えてくれてるのね?」


 その言葉に、みんなの視線が一斉にウィルに集まった。


 ウィルは、待ってましたと言わんばかりに尻尾を勢いよく振る。


 胸を張るように前足を踏ん張り、鼻先を少し上げた。


「すごいね、ウィル」


 アルスが思わず笑いながら頭を撫でると、ウィルはますます得意げな顔をした。


 セラは額に手を当て、しばらく黙り込む。


(こんなこと、過去にはほとんどない……)


 どこか遠くを見るような目だった。


 由緒ある魔法士の家系で、まれに「魔石を埋めてすぐ魔法が扱えた」という話を、セラも聞いたことがある。

 世代を重ねた魔力の血筋が、たまに「歩き出す赤子」を生むのだ、と。


 だが――目の前の少女は、それだけでは説明がつかない。


 セラの視線が、机の上の琥珀色の石片へと落ちた。

 リデルの胸に埋まった魔石と、同じ色の欠片。


 そして、檻の中のルナの瞳。


(考えられる要因は、一つだけ)


 今回は、人ではなく、獣が魔石を選んだのだ。


「学長」


 セラが口を開く。


「これは、すごいことかもしれません」


「ふむ。そうじゃな」


 オルドが短く相槌を打つ。


「もしかして、一部の獣は――人間よりマナの感応が高いのかもしれませんね」


 セラの声には、驚きと同じくらい、好奇心が混じっていた。


「面白そうな研究じゃ」


 オルドが笑う。


「どうじゃ?土脈隊を離れて、このまま学院にいるというのは?」


「……考えておきます」


 セラはそっけなく返したが、その表情は完全に「乗り気ではない」とも言い切れない微妙なものだった。


 アルスは、そのやり取りを聞きながら、思わず口を挟む。


「そんなに珍しいことなんですか?」


 セラがこちらを見た。


「ああ。おそらく――土の国の強みとなるかもしれん」


 セラの視線の先には、リデルと、ルナと、ウィルがいた。


 魔石を選んだ獣と、その獣に選ばれた少女。


 それを見守る導士と、よく分からないまま巻き込まれている少年。


 いろいろな存在の視線が、静かに交錯していた。

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