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造物のアルス  作者: おのい えな


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第75話

 リデルの宣言に、厩舎の空気がわずかに揺れた。


 セラもオルドも、すぐには何も言わない。

 ルナだけが、小さく瞬きをして、檻の中からその言葉を聞いていた。


「面白いことを言う」


 沈黙を破ったのはセラだった。


 呆れでも嘲りでもない。

 どこか、興味と警戒が入り混じった声音。


「でも、誰にでもなれるわけじゃない」


「知っています」


 リデルは一歩も退かずに答えた。

 声は震えていない。

 小さな体の、どこにこれだけの芯があるのだろうと、アルスは感心すら覚える。


「まず君は十五歳を超えているのか?」


 セラの問いに、リデルはこくりと頷いた。


「超えています」


 短いが、力のこもった返事だった。


「マナ理論は?」


「勉強しました」


「各国の歴史は?」


「勉強しました」


 どの答えも、躊躇いがない。

 形だけ取り繕っているのではなく、本当に学んできたのだと分かる声音だった。


 セラが言葉を探すように視線を彷徨わせる。


「そ、それから……」


 そこで、何かを思い出したように目を見開いた。


「――それから、国に申請したのか?」


「まだです」


 即答。


「なら――」


「それは晶装士になるための条件じゃありません」


 セラの言葉を、リデルが遮った。


 きっぱりと言い切る。


「ただの、魔石の管理だと思います」


 セラが、珍しく言い返せないでいるように見えた。


 口を閉じ、わずかに眉を寄せる。

 論としては正しい。

 晶装士としての適性と、国が定める管理の手続きは、本来別の話だ。


 静かな間を、オルドの声が埋めた。


「……ひとつだけ問題があるな」


「なんですか?」


 リデルが向き直る。


「それは、お主が晶装士になったところで、すぐにマナを扱えるようにはならない、ということじゃよ」


 オルドの言うことはもっともだった。


 称号を得た瞬間に、突然できるようになるわけではない。

 体に染み込ませていかなければならない感覚が、いくつもある。


「それは――」


 リデルが言葉に詰まり、ちらりとこちらを見た。


 助けを求めるような、けれど弱気ではない目だった。


「アルスとトールに教えてもらいます!」


 リデルは胸を張って言った。


 アルスは少しだけ目を見開いた。

 トールも驚いた顔をしたが、否定はしない。


 セラが、ふう、とわずかに息を吐いた。


 短い沈黙のあと、オルドが「ふむ」と喉を鳴らす。


「結構」


 それだけ告げて、リデルを見下ろした。


「だがな、“先の見込み”だけで判断するのは、あまり好かんのじゃ」


 オルドの目が、ルナの尻尾へ向く。


「この子の尻尾の様子だと、あと一週間が限度だと思っとる」


 結晶は、じわじわと根元へ広がりつつあった。

 見た目に分かる変化だけでも、ここ数日で進行している。


「だから、リデル君。一週間のあいだに、最低限のマナを扱えるようになれば、この子を生かそう」


「学長!」


 セラが、思わず声を上げた。


 甘い、と言いたげな声音。


「それ以上は、この子が可哀想じゃ」


 オルドは静かに告げる。


「中途半端に望みを残したまま、痛みだけを長引かせるわけにはいかん」


 ルナの琥珀色の瞳が、オルドを見た。

 その視線に、責める色はない。

 ただ、静かな覚悟のようなものが宿っているように見えた。


「はい!頑張ります!!」


 リデルは、弾かれたように返事をした。


 そして、檻のそばまで駆け寄ると、ルナの首元に抱きついた。


「ルナ。一週間、頑張ろうね」


 ルナは少しだけ体を固くしたが、すぐに力を抜いた。

 結晶化した尾がわずかに揺れ、その先から細かい光の粉がこぼれ落ちる。


 アルスは、その光景を見つめながら、胸の奥で小さく拳を握った。


(絶対に、間に合わせる)


 ◆


「では早速、魔石を選んでおいで」


 オルドがそう言って、リデルに視線を向けた。


 だが、その前にセラが一歩進み出る。


「学長。さすがに、魔石選びは慎重に選ばねば危ないです」


 ため息をひとつ飲み込んでからの声だった。


「自分に合わない魔石を選べば、結晶化のリスクも上がる。それこそ晶獣との連携が取れません」


 言葉だけ聞けば冷たいが、それはすべてリデルとルナのためを思っての意見だと、アルスは知っている。


「それなんですけど」


 リデルが、おずおずと口を開いた。


「いくつか、ここに魔石を持ってきてもいいですか?」


「ここに、か?」


 セラが眉をひそめる。


「盟晶の儀は、晶装士が獣に魔石を選ぶと聞いてます」


 リデルは、教わったことを確かめるように続けた。


「そうじゃ」


 オルドが頷く。


「だから、今回はルナに選んでもらおうと思います」


 その言葉に、セラがまたしても「聞いたことない」と顔で言った。


 額に手を当て、軽く頭を抱える。


「……本当に、お前たちは」


 小さく呟くように言ってからも、しばらく何も言わなかった。


 獣に選ばせる――


 今度は、ルナ自身の意思に委ねるということ。


 セラは大きく息を吐き、オルドへ視線を送った。


 オルドは、静かに頷く。


「では、いくつか自分で選んで持ってきなさい」


 リデルに向き直り、続けた。


「学院の受付には、私とグラナード家の名前を出しなさい」


「はい!ありがとうございます」


 リデルはぱっと顔を輝かせると、そのまま駆け出していった。


 厩舎の扉が開き、足音が遠ざかる。


 ルナが、わずかにそわそわしたように体を動かした。


 尾の羽根が、落ち着きなく開いたり閉じたりする。

 前足を少しだけ踏み替えては、また元の位置に戻す。


「大丈夫だよ。安心して」


 アルスは檻の中へ入った。


 ゆっくりとルナに近づき、頭の上に手を置く。


 ルナが、驚かないように、ゆっくり、ゆっくり。


 触れた指先に、柔らかな羽毛と、わずかな震えが伝わってきた。


「リデルは、すぐ戻ってくるよ」


 囁くように言う。


 ルナは少しだけ目を細めると、アルスの胸元に頭を擦り付けてきた。


 重さを預けられる感覚が、じんわりと肩に乗る。


「……お前もか」


 出入口のほうから、セラのぼそりとした声が聞こえた。


 振り向くと、セラが半ば呆れたような、半ば諦めたような顔でこちらを見ている。


 オルドは何も言わず、ただ静かに目を細めていた。


 ルナの琥珀色の瞳の中に、アルスとリデルとウィル、そしてトール――

 いろいろな生き物たちの姿が映っているのだろう。


 その瞳が、ほんの少しだけ、柔らかくなったように見えた。

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