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造物のアルス  作者: おのい えな


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第73話

 翌朝、アルスとリデルが厩舎に入ると、昨日と同じように翼獣は檻のすぐそばで伏せていた。


 黒い体を小さく丸め、結晶化した尾だけを庇うように脇に寄せている。

 琥珀色の瞳だけが薄明かりを映して、こちらの気配を伺っていた。


「おはよう。えーっと……」


 リデルが檻の前まで行き、戸惑ったように首を傾げる。


「そういえば、あなた名前ないのよね」


「つけちゃおっか」


 アルスが隣に並びながら言う。


 二人で顔を見合わせて、思わず笑った。


「じゃあ、『ルナ』はどうかしら?」


 リデルが少し考えてからそう口にする。

 夜の色をした毛並みと、月みたいな瞳を見て、自然と出てきた名だった。


 翼獣――ルナは、わずかに耳を動かしただけだったが、嫌がっているようには見えなかった。


「ルナ、にしよう」


「うん。今日からルナね」


 朝の簡単な食事は、厩舎の前で取ることになった。


 ミレイが持たせてくれたパンとスープ。

 藁の香りと混じり合う、温かい匂いがする。


 いつものように、食事の前に短い祈りを捧げる。

 アルスとリデルが手を組み、目を閉じている間――なぜか、ルナもじっと動かずに二人を見ていた。


 祈りが終わると、ようやく喉を鳴らし、小さくあくびをする。


「ルナ、痛い?」


 食べ終わったあと、リデルが尾のほうを覗き込んだ。


 結晶化した部分にそっと視線を滑らせる。


 ルナの耳が、ぴくりと一度動いた。


 否定でも、肯定でもない。

 けれど、その反応だけで、そこに確かに痛みがあるのだと分かる。


「お母さんも痛いのかな……。凄いなー……」


 リデルが小さくつぶやいた。


 アスリナのことだ。


 いつも笑っているけれど、体のどこかがきっと痛いはずで、

 それを誰にも悟らせないようにしている。


「そうだね」


 アルスもルナの尾を見ながら答える。


「アスリナさんも、治せるといいね」


 リデルが、アルスのぽつりと漏らした言葉を聞いた瞬間――何かが、頭の中で繋がったように見えた。


 ぱっと顔を上げる。


「――そうよ! 私はこれをなんとかするためにここに来たんじゃない!」


 リデルの声に、アルスもはっとした。


 ルナの尾。アスリナの体。

 どちらも「失われつつある体の一部」で、その代わりになるものを求めてここへ来たのだ。


「そっか! もしかしたら――」


 アルスも思わず声を重ねる。


 言葉にならない何かが、胸の奥で一気に熱くなった。


 二人が夢中で話し始めた、そのとき。


 厩舎の扉が勢いよく開いた。


「――おーす。アルス、セラさんに言われてたから見に来たよー」


 トールが顔を出した。


 ルナは一瞬だけ身を起こし、黒い耳を立ててトールを睨む。

 すぐにまた、尾を庇うように伏せ直した。


「トール。ちょうどいいところに来た」


「へ?」


 トールがきょとんとする。


「学院の研究室から持ってきてほしい器具がたくさんあるんだ。お願いしていい?」


「――えっと、なんかわかんないけど、なんかわかった」


 返事になっているような、いないような声だったが、トールの顔には「手伝う気」がありありと出ている。


「リデル。いるもの書いてもらっていい?」


「うん」


 リデルは近くの机から紙とペンを取ると、思いつく限りの道具の名を書き連ねていった。


 その横で、トールはちらりとリデルを見た。


「あれがリデルさん? かわいいね」


 アルスは無言でトールの頭をがしがしと撫でまわした。


「まあ、かわいいね」


「いって……」


 苦笑しながら頭を押さえたトールの視線が、ふとアルスの肩で止まる。


 噛まれた痕は服の上からでも分かるほど赤く染みていた。


「なんかしたんでしょ」


「してないよ……」


 アルスは目をそらす。


 トールがため息をついた。


「救急箱も持ってくるね」


「助かる……」


 アルスが力なく答えると、トールは少しだけ呆れたような顔をしてから、用紙を受け取った。


 リデルが書いた紙を両手で掲げる。


「はい!お願い」


「この『木いっぱい』って何?」


「とにかく枝をいっぱい持ってきてほしいの。長さはルナ、あの子の尻尾ぐらいの長さ」


「はーい。わかった」


 トールは元気よく返事をして、駆け出していった。


 扉が閉まる音がして、厩舎に再び静けさが戻る。


「多分そんなに時間はないもの。頑張ろう!」


 リデルは自分に言い聞かせるように言った。


 声には、昨日までの落ち込みが嘘のように、はっきりとした力が戻っていた。


 ◆


 そこから、ルナの「尻尾づくり」が始まった。


 土の国で教わった知識を、リデルはひとつひとつ確かめるように取り出していく。


 主に構造を作るのはリデル。

 マナの流れを作るのはアルス。


 材料となる枝は、ウィルが森から運んできてくれる。

 他の魔石や器具、ついでに間の食事や薬草、救急箱まで――そういったものは、トールが学院とグラナード家を走り回って運んできた。


 自然とそういう形になっていた。


「ルナ、見た目はこんな感じ?」


 リデルは簡単な絵を描いて、檻のほうへ向けて見せる。


 木でできた尾の形。

 関節の数。

 結晶化した部分の代わりになる、滑らかな線。


 ルナはじっと絵を見つめているようで、やがて小さく瞬きをした。


「それでもマナを使えなきゃなー」


「ルナ、マナを少し流してみるからちょっと我慢してね」


 アルスは組み上がりつつある試作を手に取りながら、ぽつりと呟く。


 枝の中に流したマナが、どこで滞り、どこで通りやすくなるのか。

 ルナの体の中の流れと、どう繋げればいいのか。


 目には見えないものばかりだ。


 ウィルは、森から持ち帰った枝をこれ見よがしに見せつけてくる。


 節の少ない真っ直ぐな枝。

 逆に、しなやかに曲がった枝。

 触れるとほんのり土のマナを感じるものだけを選んできているのが分かる。


 トールは持ってきた食事を食べながら胸をはる。


「うまいだろ」


 と、なぜか自慢げだ。


 本当に、いろいろな生き物だ。


 ルナは、最初こそ警戒していたが、気づけばその警戒をほとんど解いていた。


 檻の中から三人と一匹を見つめる瞳は、もう敵意ではなく、困惑と――ほんの少しの好奇心を含んでいる。


 その瞳の中には、この一生懸命な生き物たちの姿がしっかりと映っていた。


 自分のために、寝る間も惜しんで何かをしているのだと、きっと分かっているのだろう。


 アルスの肩にはまだ痛みが残っている。

 リデルの腕にも、ひっかき傷の痕が薄く残っていた。


 それでも誰も、そのことを口に出さない。


 ただ黙々と、木を削り、マナを流し、失われた尾の代わりになる形を探り続けた。


 そこから三日が経ち、ついに形になった。

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