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造物のアルス  作者: おのい えな


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第43話

 リュマの部屋には、紙の匂いと、金属を削ったような匂いが混ざっていた。


 窓際の机には、風の国から持ち帰った図面と試作品がまだ積まれている。

 その向こうで、リュマが片眼鏡を額に上げた。


「で?」


 机の上の紙から顔を上げて、アルスを見る。


「今日は、何の用だい」


 アルスは、一度喉を鳴らしてから口を開いた。


「リュマ。……結晶化って、知ってる?」


「知ってるに決まってるだろう」


 即答だった。


 リュマは片眼鏡を指でつまみ、今度はきちんと目にかけ直す。


「……リデルの母親のことかい?」


「知ってたの?」


「当たり前だろ」


 さらりと言われて、アルスは少し肩の力が抜けた。


 自分だけが心配しているわけではないのだと分かるだけで、少し呼吸が楽になる。


「それでーー」


 アルスは一歩、机に近づいた。


「結晶化って、治るの?」


 リュマは、目線だけでアルスを見た。


「結晶化の治し方については、誰も知らん」


 淡々とした声だった。


「知ってたら、私がもう治してるよ」


「そっか……」


 薄々分かっていた答えではあったけれど、言葉にされると、胸の奥が少し沈んだ。


「ただ」


 リュマは、そしてと続けた。


「アスリナは土の晶装士だろ?」


「……そうなの?」


 アルスは思わず聞き返す。


 土の国出身だとは聞いていたが、晶装士だったというのは初めて聞いた。


「あんた何も聞いてないのかい?」


 リュマは鼻を鳴らした。


「で、だ」


 机の上の紙を指先でとんとんと叩く。


「代わりの手は、なくはない」


「ほんとう!?」


 アルスは、思わず身を乗り出した。


 リュマは、その反応を見て、わざとらしく肩をすくめる。


「腕や足を切ればいいんだよ」


 空気が、一瞬止まった気がした。


「……ねぇ、真面目な話なんだけど」


「真面目な話さ」


 リュマは逆にきょとんとした顔をする。


「四肢を切って、代わりを用意すればいいのさ」


「どういうこと?」


「土の国には、土を手足のように動かす魔道具があるからね」


 リュマは、机の下から古い木箱を引き出した。

 ふたを開けると、中には土色の金属で組まれた細い輪や、関節のような部品がいくつか入っている。


 指先で輪をつまみ上げる。


「腕を切って、代わりにそれをつければ、理論上は使える」


「……」


「ただし、難しい動きは無理だろうね。細かい作業とか、重たいものを振り回すとか」


 アルスは、喉の奥が乾くのを感じた。


 腕や足を切る、という言葉が、頭の中で何度も反響する。


「へー……じゃあ、ここの工房で作ってもらえばできるってこと?」


 無理やり言葉を絞り出すと、リュマは盛大にため息をついた。


「それは無理だろう」


 片眼鏡を指でつつきながら言う。


「誰しもが作れる魔道具じゃないよ。作れても、土の国の連中だろうに」


「そう、なんだ」


「本人に合わせて調整する必要がある。残った筋肉や神経の具合、マナの流れ方、癖。そういうのを全部見ながら作らなきゃいけない」


 リュマは、指先で輪を回した。


「知識と腕が必要さ。こっちの国の医者と導士だけでどうにかなる話じゃないよ」


「そっか……」


 少し浮かびかけたものが、また静かに落ちていく。


「でもまぁ」


 リュマは、輪を木箱に戻しながら言った。


「“土の国で勉強すれば”いつかはできるだろうね」


「……!」


 アルスの胸の中で、何かが小さく弾けた。


「リデルに伝えてくる!」


 言い終えるより早く、アルスはくるりと背を向けた。


 扉に向かって数歩走りかけたところで、


「ちょっと待ちな」


 低い声が飛んできた。


「?」


 振り返ると、リュマが立ち上がっていた。


「お前も行く気なのかい?」


「あっ」


 アルスは、そこで初めて自分のことを考えていなかったことに気づいた。


「考えてなかった……」


「はぁ、困ったやつだな」


 リュマは頭をかいた。


「ちょうどいい。お前さんに課題を与えよう」


「課題?」


「お前さんは“土の導士”ということになっているくせに、土のマナの扱いが下手すぎる」


 ごく当然のことのように言われて、アルスは言葉に詰まった。


 土の魔法をうまく使えないことは、自分でも痛いほど分かっている。


「そこで、土の国にいる私の弟子に、鍛え直してもらって、一人前になること」


「……それって……」


「土の国ドロスティアに行って、修行してきな」


 リュマは、さらりと言った。


「僕が修行に?」


「そうさ。誰と行くかは、わたしゃ知ったこっちゃないよ」


 片眼鏡の奥の目が、じっとアルスを見ている。


「……やってみる」


 アルスは、小さく息を吐いてからうなずいた。


「そうこなくちゃ」


 リュマは、ふっと笑った。


「アルス」


「なに?」


 リュマは、机の上の図面を指で叩く。


「“やり方がある”ってことくらいは、あの子に伝えてやりな。そこから先を決めるのは、あの子だ」


「……うん」


 アルスは、ぎゅっと拳を握った。


「ーーリュマ! ありがとう!」


 勢いよく頭を下げ、そのまま部屋を飛び出した。


 ◆


 学院の中庭では、まだ何人かの生徒が残っていた。


 講義が終わったばかりの時間帯で、あちこちから話し声が聞こえる。


 その一角で、リデルがベンチに座っていた。

 鞄の口を開けて、中を整理しているところだった。


「リデル!」


 走り込んできたアルスの声に、リデルが顔を上げる。


「アルス? どうしたの、その顔」


「ちょっと……リュマのところ行ってきた」


 息を整えながら、アルスは彼女の前に立った。


「昨日のことで」


 リデルの表情が、ぴたりと固まる。


 周りのざわめきが、少し遠くなったように感じた。


「そんな顔しないで。……ちゃんと聞いてきたから」


 アルスは、ベンチの隣を指さす。


「座っていい?」


「うん」


 二人は並んで腰を下ろした。


 リデルは、無意識なのか、鞄の中からガラス玉を取り出していた。

 掌に乗せたまま、じっとアルスを見ている。


「リュマも治し方、やっぱり知らないって」


 リデルの指先に、わずかに力が入る。


「知ってたら、自分でもう治してるって」


「だよね」


 リデルは、小さく息を吐いた。


「分かってはいたけどさ」


「でも」


 アルスは、言葉を継いだ。


「代わりの手は、なくはないって」


「代わりの……?」


「腕や足を、そのまま元に戻すことはできない。でも、別のものに置き換えるやり方なら、あるかもしれないって」


 リデルの目が、わずかに見開かれた。


「どういうこと?」


「土の国には、土を手足のように動かす魔道具があるらしい」


 アルスは、リュマの言葉をなぞる。


「腕を切って、そこにその魔道具をつける。そうすれば、完全じゃないけど、また動かせるようになる可能性があるって」


 リデルは、掌の中のガラス玉を見つめた。


 白い糸の渦が、ゆっくりと形を変える。


「……そんな方法が、あるんだ」


 声は震えてはいない。でも、少し乾いている。


「怖い話でもあるけど」


 アルスは、正直に続けた。


「全部そのまま、ってわけじゃないから。腕や足を切るっていうのは、現実にやるとなると、きっとすごく怖い」


「うん」


 リデルは、ガラス玉を両手で包んだ。


「でも、“何もない”わけじゃないってことか」


「うん。そう言ってた」


 二人の間に、短い沈黙が落ちる。


 中庭の向こうから、誰かの笑い声がかすかに聞こえた。


「……リデル」


 アルスは、横目で彼女を見た。


「どうしたい?」


 リデルは、しばらくガラス玉を見ていた。


 中の白い糸を追いかけるみたいに、視線が何度もわずかに動く。


 やがて、ゆっくりと顔を上げた。


「私……」


 唇が、一度だけ迷うように動く。


「行きたい」


「行きたい?」


「うん」


 今度の声は、はっきりしていた。


「怖いけど。……怖いけど、“何もない”って思ったままいるのは、もっと嫌だ」


 リデルは、ガラス玉を胸の前まで持ち上げた。


「お母さんがどうするかは、お母さんが決めることだって分かってる。でも、その前に、ちゃんと“どういう選択肢があるのか”くらいは、私も知っておきたい」


 アルスは、その言葉をそのまま受け取った。


「そう、だね」


 小さく頷く。


「よし。じゃあーー」


 何か言いかけたところで、リデルが先に動いた。


「でも、その前に」


 彼女は、ガラス玉をぎゅっと握りしめた。


「お父さんとお母さんを説得しなきゃいけない」


「……そうだね」


 アーデンとアスリナ。

 二人に、土の国の話をどう伝えるか。


「アルス」


 リデルが、横を向いた。


「今から、私のうちに一緒に来て」


「今から?」


「うん。お父さんは今日、家にいるって言ってたし。お母さんの体調も、今は落ち着いてる」


 リデルは、立ち上がりながら言う。


「一人だと、きっと途中で言えなくなる」


 その言葉に、迷いはなかった。


「横にいてほしい。さっき、リュマの話を聞いてきたアルスに」


 アルスは、一度だけ深く息を吸った。


 自分も、まだ怖い。

 土の国のことも、結晶化のことも、ちゃんと分かっているわけじゃない。


 それでも、


「……分かった」


 立ち上がって、リデルの隣に並ぶ。


「一緒に行く」


「ありがと」


 リデルは、ほんの少しだけ笑った。


 掌の中のガラス玉が、夕方の光を受けてきらりと光る。


「行こ」


「うん」


 二人は、中庭を抜けて学院の門へ向かった。


 風が、背中を押すように吹く。


 遠くで、どこかの家の風鈴が小さく鳴った。

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